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母校・泉中学校での打ち合わせ


*思い入れが強く、毎度ながらの長文です。

昨年度のうちから、母校の田原市立泉中学校の山上校長先生から講演のご依頼をいただいていました。

「泉塾」という、泉校区の出身者や、泉にゆかりのある方々による講演。

最初に電話でお話した時、平成33年に泉中学校は廃校となり、赤羽根中学校との統合が決まったため、子供たちを勇気づけられるようなお話を、と言っていただき、母校がなくなることは寂しいけれど、そのタイミングでお声をかけていただいたことがうれしくて、心待ちにしていました。

いざ、具体的に行うこととなり、13日に、打ち合わせに伺いました。


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私たちの頃は、「渥美町立泉中学校」だったので、学校玄関の同じ位置の校名だけど、「田原市立なんだなあ~」と思いました。


こちら↓は、帰りに撮った写真。


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私の本名(結婚後の名字)は菰田(コモダ)なのですが、
最初に、やや緊張しながら玄関に入った時、まず、この黒板がお迎えしてくれて感激しました。
到着時と帰りの文面が変化しているという、書いてくださった教頭先生の細やかな配慮に、涙が出そうになりました。

先に載せたfacebookでも、100を超える「いいね」をいただき、こういうコメントも・・・

<このおもてなしは素敵だなぁ。

誰でもできることだけど、なかなかできないからこそ、すごく嬉しいね(^^)>

こういう先生がいる学校は、安心して子供たちを行かせられるね^^>

全くその通りで、帰り際、玄関先までお見送りくださった校長先生と教頭先生に、この黒板を示して「日本一の営業マンみたいですね」とお伝えしたら、校長先生が教頭先生について、「日本一の道徳マンです」とおっしゃっていて、素敵だなあと思いました。

学校のトップツーの信頼関係、打ち合わせの間中感じた、校長先生と教頭先生の生徒に向ける愛情や温かさに感動しっぱなしの時間でした。


と、帰りのことから書きましたが、打ち合わせでおじゃました校長室。


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この校長室は、その場で校長、教頭にもお伝えしましたが、かつて、私の母親が、当時の校長先生から私に関することで説教を受けた部屋です(笑)

今は亡きその校長先生の写真も飾ってあって、思わず涙がこみ上げました。

私はその校長先生自らビンタされたこともあったし、狭い旧渥美町において、私の母は、その校長先生に中学時代に教わったことがあり、そのため、私が中1で荒れて?いた時の個人懇談の時、個別に呼ばれて校長室で長々お話していたのでした。
(「このままじゃ高校にも行けん、嫁にも行けん!」と言われたそうなw
母は「高校に行けん、はともかく、嫁にも行けん、というのは言い過ぎじゃないか」と内心思っていたらしい(笑))

その日のこと(自分は外で陸上の練習をしていて、校長室に母親の姿を発見した時の、ギクッとした感じ、家に帰りたくないなーって思った気持ち)は今でも鮮明に思い出せます。

打ち合わせでは、どこの中学も荒れていた時代に、自分も決して優等生ではなかったという話をありのままさせていただき(講演に呼んでいただくけど、決して品行方正なタイプではなかったとお伝えしたかった)、おとなしいという、現在の泉中学生に向けて、話そうと思っている内容を、途中まで作成していったパワーポイントのパソコン画面を元に、具体的にお伝えしました。

当日は、

『ふるさと泉を誇りに
proud of our hometown, IZUMI』

というタイトルでお話しようと思っています。
(英語の訳は、金沢の和ちゃんに伺いました。ありがとう!)

名前は、文筆活動をしている、日原いずみ(藤村昌代)
で行います。
「いずみ」は泉校区からいただきました。

校長先生も教頭先生も、本当に感じがよくて、様々な話で爆笑の時間でした。

現在の泉中学は、全校生徒がジャスト100人だそうで、目の行き届く環境において、素晴らしい校長先生、教頭先生のもと、先生も生徒もいい雰囲気なんだろうなあと思いました。


打ち合わせ終了後、校長先生にご案内いただいた校内。


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↑これまた懐かしい場所で、私たちが中1の時は、ここが教室になっていて、まだ入学間もない頃、教室の窓から女子4人で外へ飛び降りて(追いかけっこをしていた)、先生に叱られて、職員室で正座、別の校舎の3年生男子が、「誰だ誰だ?」と私たち4人を見て騒いでいた・・・という思い出がよみがえり、そのままお伝えしました。


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この風景は、自分が生徒会に立候補した(させられた)時、ポスターを壁に貼ったなあと思い出した階段。

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歴代の「泉塾」の講師の方々の展示。
私もここに加えていただけるようだけど、やがて誰も見ることがなくなる校舎になるんだなあと思ったりもしました。



こちら↓は、雨の日の朝の長距離継走の練習の時、50往復した体育館の下駄箱脇の土間。

当時は気が遠くなったけど、大人になった今見たら、思ったより短い距離にも感じました。

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こちらは、校長室の前に展示してあった、過去の学校行事の資料より・・・

運動会の男子騎馬戦!!

今はなくなってしまったけど、当時は、泉の風物詩ともいえる競技でした。

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私たちの校区は、保育園、小学校、中学校と他校と交わらずに過ごすこともあり、秋の大運動会は、保・小・中が合同で行いました。
PTAや自治会参加の競技、全参加者による「100万人のジャンケンポン」などもあり(100万人はいないけどw)、お祭りのような運動会でした。

その中の花形でもあった男子騎馬戦。

男子が上半身裸で長い鉢巻きをして戦い、赤白どちらか、竹をよじのぼって、くす玉を割った方が勝利。

この写真を見る前に、教頭先生が、「泉の騎馬戦はスゴイ」という話をしてくれて(当時、先生方の間で噂されていたそうで)、それは、「騎馬戦の大将が入場する時に持つ鳩を、前日に隣の農協の屋根に捕りに行く」ということでした(そりゃたいへんだー)。

その話を聞いて私も如実に思い出しました(笑)

そうだったそうだった、鳩を持っていた!!

この日、中学の後に寄った実家で弟に会った時に騎馬戦の話をしたら、「俺らの頃は、○○たちが捕まえに行った」と確かにそうだったと教えてくれました。

本番の入場シーンで、赤白の大将(学年において強そうな男子)が鳩を持って入場し、セレモニー的に空に放つ。

くす玉の竹も山に切りに行って運動場に立て、生きている鳩を持つ。

野蛮でprimitiveで危険で、今ではなくなってしまったのもわかるけれど、思い返せば、その騎馬戦は「神事」のようなものだったと思います。

男に成る、という競技。伝統。

うちの息子たちが行った小学校では、男女ともに騎馬戦があり、女子もやるということが驚きでもあったけど、泉校区の騎馬戦は、女子はやりたくない、立ち入れない、男同士の戦いでした。


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男女平等はいいことだと思うし、かと言って男女の違いは確かにあるわけで、私はお互いを尊重し合うのがベストと思っているけれど、均質化均等化平板化する社会において、田舎ならではのこの騎馬戦は、大切な何かを確かに教えてくれたと思います。




懐かしの校訓・・・
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そういえば、校内の記録会(小さな体育大会みたいなもの)で、私の名前(800Mの記録)が残っていて驚きました。
自分としては不本意な記録なので載せないけど(笑)

同じ学年の女子3人の名前が今なお書かれていて、今はその記録会はなくなったので、永遠の記録(統合で残りはしなくなるけど)だと思いました。


帰りに見た玄関の鯉。
立派過ぎて笑った!!!


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私たちの頃にも鯉と亀が泳いでいたけど、ここまで立派な(輝いているような、豪華な)鯉はいませんでした。

当日、生徒さんたちの心に少しでも響くようなお話ができるように、準備に取り掛かっています。

この日、何十年ぶりかに母校に伺い、やはり旧渥美町や泉校区というのは、独特のディープゾーンだと思いました。

校長先生と教頭先生のご出身は田原(旧田原町)で、私たちからすると、シティボーイです(笑)

そのお二人に、「講演を聴きたがる私の友達もいるんですが、ダメですよね?」と恐る恐るお尋ねしたら、「いいですよ!どうぞどうぞ!」という感じで、やはり、田舎(田原市全体なのかどうかはわからないけど)は素晴らしいと思いました。

大らかで温かくて、、そんな環境で育てたこと、本当に誇りであり、心の財産です。




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帰りに寄った、同じ菰田の「こもぱん」さん♬

ひとつ前の記事にあるように、少し前には蔵王山に一緒に登りました。

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どうしても海に寄りたくて、表浜に出て立ち寄った海にて。


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かけがえのない自然の素晴らしさを、実家に住んでいた子供の頃はうまくわかることができませんでした。

私の場合は、一度東京に出たおかげで、ふるさとの見方が大きく変化しました。

その辺りの話もお伝えします。

楽しみに、がんばります!!















by hihararara | 2017-10-16 10:19 | 感動 | Comments(0)
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