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原爆ドーム 『ひろしまのピカ』

 

今年のブログ、今年のうちに!!

 

8月、家族で広島~四国を旅した。

その時のことは前のブログに書いたけど、ひとつ、原爆ドームについては改めて書こうと保留にしていた。

旅行は3.11以前に行き先を決めていたけれど、結果的に原発事故の起こったその年に家族で原爆ドーム~平和記念資料館を見学できたのは大きかった。

 

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旅の初日に向かった原爆ドーム。

その場所に着き、ドームの付近に立った時からしばらくの間、私は涙を流していた。

不思議な空気に包まれて、涙が止まらないのだ。

私の感受性によるものなのか霊感によるものなのかはわからないけど、とにかく、その一帯に漂う空気が明らかに違うように感じた。

原爆投下後の凄惨な状況に加え、負の記念碑としてのこされている原爆ドームを訪ねる人たちの思いがひとまとめになって、異様な空気が蓄積されていたのだと思う。

原爆ドームと平和記念公園の間には大きな川がある。その川に水を求めて逃げ込んだ人たちの姿を想像すると余計に苦しくなった。

ちなみに、藤代冥砂さんのブログで原爆ドームに触れた回。同じ、と思い、思わずコメント入れた。

 

平和記念資料館では、子供たちが退屈するかと思ったら、思いのほか二人とも真剣だった。

「放射能」という言葉が、過去の原爆や遠い国のことではなく、自分の国に降りかかっている今が悔しかった。

次男はしきりに「こわい~~」と言っていた。

真夏に天然のオバケ屋敷に入ったような状態だった。

一通り興味深く見学した最後に、売店で「ひろしまのピカ」という絵本を買った。

 

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この本は、私が小学校3年生の時の夏休みの課題図書で、読書感想文を書いた思い出の本。

買ったその夜、ホテルで子供たちに読み聞かせながら、号泣した。

小学校3年生で読んだ時は、私は主人公の7歳の「みいちゃん」の気持ちで読んだ。

30年後のこの夏は、「みいちゃんのお母さん」の気持ちになった。

けがをしたお父さんを背負い、みいちゃんを連れて火から逃げ、走り続けたお母さん。

お母さんのどこにそんな力があったのか・・・。

最後の場面では、7歳の時のまま大きくならないみいちゃんに、白髪が生えたお母さんがこう言う。「ピカは、ひとがおとさにゃ、おちてこん」

それを読んで、本当にその通りだと思った。

原子爆弾も、原子力発電所も、人がつくるから存在するのであって、そもそも人がつくらなければいいのに、と思った。

改めて読んだ「あと書き」で、『ひろしまのピカ』は、作者が出会ったおばさんが聞かせてくれた体験談をもとに描かれたものだと知った。

<おばさんは涙をしたたらせ、しゃくりあげながら子どもの手をひき、傷ついたご主人を背おって逃げまどったひろしまのピカの時のことを語りつづけました。人々はこっくりして、おばさんの話を聞きました。泣いている人もいました。>

 

その絵本の中ではたくさんの人が死に、たくさんの動物も死に、とにかく悲惨で、思えば私はその本を、読書感想文のために読んだけど、その後すすんで開こうとはしなかったんだと思う。

原爆ドームの体験で、私は夫に「子供たちを守って、大きくできるようにがんばろう」と伝えた。夫も納得しているようだった。

 

その旅から戻った翌日がちょうど8月6日で、少し前に訪ねた場所に人がいっぱい集まっている映像をニュースで見た。

また、広島のテレビ局でキャスターをしている後輩くんが「ゆず」と出ている特番も見た。

暑い暑い広島の思い出とともに、原爆ドームの体験は、私たち家族に深く残った。

 

『ひろしまのピカ』を読んだ翌年、私は『アイリーンのとうろう』も読んだ。

 

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画像がこれしかないけど、この本もこわいよ。

これについては、前ブログで書いたことがあり(2008年)、今では検索のトップに出てくる。

 

『アイリーンのとうろう』

 

その頃の読書体験のおかげで、私は放射能=こわいと学んでいる(すり込まれている)ように思う。

 

 

 

実は一昨日、市長との面談に参加した。

冬休みなので子連れで・・・。

次男はのびのびシェーッのポーズで市長との写真におさまった。

残念ながら市長は放射能の恐怖をあまり感じていないように見えた。

来年、豊橋は市長選挙を迎える。

出馬予定者が新聞にも出ていた。

それを見て私は「あら、私が市長選に出ることもできるんだわ」と思った。

でも、出ません。

政治のやり方を知らないし、それ以前に今の私は子供を育てることがいちばん大切なことだから。

キッパリと市長選に出ないと思いつつ(こんなこと書くこと自体傲慢なようだけど、議員選挙に出て!とかは前々からよく言われるので)、そうやって、どうしてもお母さんは自分の子供を第一にせざるを得ないから、お母さん目線の政治がなかなか実現しないんだろうな、とものすごく悔しい気持ちになった。

子供たちのために、よりよい社会にしたいのに、「現役の母親層」がなかなか政治に参加しにくい現実。

あらゆる分野において、結局は男が動かしてるんだな、という矛盾みたいなものをいかにして超えていくか。

考え、行動し、たまたま私は男の子を授かったので、息子たちに託したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
by hihararara | 2011-12-29 11:12 | for Japan
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