長官のこと

 

実は先月、縁あって観光庁長官の溝畑さんと飲んだ。今ではお互いのヒミツを話し合うよきお友達。

長官は、ネットの画像で見るより、ずっとずっと若々しく、活気あふれる人懐こい方だった(画像より実物の方がだんぜんかっこよかったので、ネットで拾ったものは、ここには載せないでおきます)。

自治省時代も、大分トリニータ時代も、観光庁長官の今も、「日本を元気にしたい!」という気持ちでがんばってきた(がんばっている)そうで、それが決して上辺ではなく、心の底からの願いなんだと信じられるお方。

私は自分がバカ正直だからか、同じようなにおいの人に出会うと、不思議なくらいすぐに打ち解けてしまう。前回書いた木下さんも長官も、不思議と最初からまったく緊張せず、例えばおならしても平気なんじゃないか、と思うくらいの相手(実際にはしませんよ!:笑)。

いくら人見知りしない私でも、最初からそういうトーンで関われる相手は珍しい。年の功なのか直感や霊感チックなものなのかわからないけど、ともかく人を見れば、その人が信用できる相手かどうかはすぐにわかる。

彼や彼女を覆っている肩書は関係なく、純真素朴な相手の場合、お互いの素の部分に反応し合って、心と心がさっさと手をつなぐような感じかな。

木下さんも溝畑さんもバッシングを浴びることも多いけど、私にとってはまったく正義の人でしかない。

彼らの心を削って削って、大吟醸みたいに磨いた先に残る核の部分も、紛れもなくきれいであろうと信頼できる。

 

なんだかたいへんなニッポンの今だけど、がんばっている本当に素晴らしい人がいてくれるのも事実。

木下さんも長官も、いっぱい人に囲まれながらも孤独を口にするし、私がやろうとすることも常に孤独を感じる作業。

でも、いっぱい傷を負いながらもがんばってる人がいるというのは励みになる。

茨の道でも、世の真理はひとつというか、同じところにつながっていくんじゃないかな?と思う。

どういう波長かわからないけど、木下さんと長官は、私にとっては不思議な共通点がある。高速回転で脳を動かして馬力って感じでパワフルに動いてるけど、根っこのやさしさや温かみがあるからかな。

二人とも着ぐるみっぽいからかな?

ともかく、世の中のためにがんばってる人のことは心から応援したい!!

 

 

 

 

 

 
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# by hihararara | 2011-10-06 02:10 | for Japan

メディアをうらむな、メディアをつくれ。

 

☆これ、昨日書いていたんだけど、今日までの間に浜松での木下さん講演情報が公開されました。詳しくはInformationからご覧ください!(同じ日の横浜の講演についても載せています)

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前のブログに書き残した原爆ドームのことや、ジェーン・バーキンに関して共感する文章など、書きたいこと色々ある中で今!触発されたもの。

お隣の浜松市では、「子どもの給食を守る会 浜松」が発足し、みなさんがんばっている。会長さんと副会長さんとツイッターでつながった。

私も元々豊橋に呼ぼうと思っていたジャーナリストの木下黄太さん(前のブログには書いたけど古くからの友人)も、豊橋より先に浜松に講演に来る様子。

給食を守る会の会長さんが取り上げていて知った、木下さんの映像。

シンポジウム「メディアをうらむな、メディアをつくれ。」

 

(個人的には、痩せたなあとかひげもじゃじゃなくなったんだなあとか思っちゃったけど)

木下さんは批判もいっぱい浴びているけど、友人ということを差し引いても、至極まともなことを言ってると思う。反原発だとか避難を声高に呼び掛けることは、国際的に見たら(ふつうに考えても)人道的な話なのに今の日本では、正論を唱えることが時に命を狙われることにすらつながりかねない。そんな中で声を挙げ続け、人々の悩みを親身になって聞いている彼は、本当にすごい。

映像は、メディア論としても勉強になった。このシンポジウムのタイトル、「メディアをうらむな、メディアをつくれ。」も大いにうなずく。私もこのサイト発進には、そういう思い入れもある。

 

木下さんの言うことは厳しいけれど、彼のような存在をなくしたら、日本は本当に沈没すると思う。

わかる人には、彼の情緒的な側面、そこはかとなくただよう可愛らしさやおかしみが伝わるはず。

放射能防御プロジェクト 木下黄太のブログ「福島第一原発を考えます

 

私は今月末から豊橋まちなかスロータウン映画祭を控えているので(何もできてない理事だけど、そちらも近々告知します)、木下講演に向けてすぐには動けないけど、信頼する議員さんに協力してもらって、豊橋での仲間づくりをしている。

浜松の取り組みは素晴らしい。豊橋も規模は小さいけれど、浜松をお手本にがんばりたいな。

 

私は偏ったことは書きたくないので(原発の問題は、前のブログでも過剰反応されてしまう)、常にフラット・ニュートラルでいたいです。昨日回ってきた小出さんの映像も紹介します。

小出裕章&松田美由紀&岩井俊二 friends after 3.11

 

小出さんがいい人過ぎて、ひとつひとつ考えながら言葉を発している姿勢、時折、泣いちゃうんじゃないかと思ってこっちまで泣けそうになった。

正しさってこういうことを言うんじゃないかな。

 

☆もちろん今後も呼びかけるけど、講演等、興味のある方はコメントお願いします。PTAとか母の会とか責任は果たしつつも、それ以上の活動や結束は苦手な方だったけど、今回の事態はそんなことも言ってられないと思い、流れに身を任せてゆるく動いています。

 

 

 

 
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# by hihararara | 2011-10-05 00:10 | for Japan

夫の失敗

 

たいした失敗じゃないです。

昨日の夜、会社の飲み会帰りの夫が、電車を乗り越し、サウナに泊まって朝帰ってきた。私は自分が失敗だらけなのと、遊びに出たいので、夫のこういう失敗がぜんぜん嫌ではない。ちょうど来週に飲みの予定もあったので、妙にやさしくしてしまった(笑)

それに、振り返れば、夫という人は、結婚前、飲めば電車を乗り過ごすのが常の人で、披露宴の友人スピーチでも、そのネタを語る人が多かった(寝てる絵まで描かれていた)。結婚後もそれは相変わらずで、いちばん腹が立ったのは(当時は腹が立っていた)、一人目の予定日の10日前くらいに乗り過ごして帰って来なかったこと。

それは思わず『赤土に咲くダリア』にも書いちゃったけど、夫婦の子供であり、初産で臨月の私は今か今かとドキドキしているというのに、夫がそんな態度でいることが、その時は許せなかった。ぐでんぐでんで夜明けごろ?帰ってきた彼を、大きなおなかの私は蹴った憶えがある(夫はぐでんぐでんにつき記憶ない)。蹴りながら、「おなかの子に何かあっちゃいけない」と気づき、思いっきり誰かを蹴る自由すら持ち合わせていないなんて、妊婦ってなんてたいへんだろう!!って思った。

たぶん女は耐えるものと思ってる人からしたら腹など立たないのかもしれないけれど、その頃の私は妙に、女だけがなぜこんなに不自由な思いを強いられるんだろう?と思っていた。

と脱線したけど、何が言いたいかと言うと、この頃増えてきた夫の乗り過ごしに対し、腹が立つのではなく、子供が小さい間、彼ががんばって帰ってきてくれていた事実を思い返し、ありがたみが増すのでした。

あんなに乗り過ごすのが常で、今も乗り過ごすようになった彼が(←もちろん乗り過ごさないのがいちばんですが!)あの頃は、気を張って帰って来てくれてたんだなあ。その気持ちだけで十分だ、と。

 

我が家の夫婦関係はかなり冷えていて、甘さは何もないけれど、積み重ねていくだけのことはいちおーあるんだなあと思いました。

あんなに腹が立っていた夫の乗り過ごしに関し、自分が遊びに出たいからという理由はともかく(笑)、あたたかく受けとめられる時が来るなんて思いもしなかったよ。

まあ、うちの場合は、夫がキッチリした真面目タイプなので、失敗してくれた方が気が楽だってことなんだけどね。

よく、夫の交友関係(女性も含む)に関する悩み相談を目にしたりするけど、私は、夫が家庭のことを第一にがんばってくれていたら、何をしていても気にならない。

実際に困ったことが起こってないから言えることだとは思うし、程度の問題だけど、私は結婚したからと言って、男のことも女のことも、誰にも縛ることはできないと思っているので、根底の信頼関係さえあれば、お互いのことを自由にさせたほうがいいと思う。

あくまでも私の考えだけど、私は誰にも縛られたくないし、相手のことも縛りたくない。

とまあ、このことは書き出すと誤解も生むのでこの辺にします(笑)

ちなみに私の子供は、私にオヤジ(子供は父親をこう呼んでいます)だけを愛していてほしいとはまったく思ってない様子で、「どうして、結婚って一人としかしちゃいけないの?」って言います。「10人くらいとできたらいいのにね!」って。

なんだかそれって、自然な願望な気がして、素直な子供が言うと、とても素直に聞こえるのでした(笑)

 

 

 

 

 

 

 
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# by hihararara | 2011-10-01 13:10 | 夫婦

日常

サイトオープンに際し、facebookでは、たくさん「いいね!」やコメントをいただきました(ありがとうございました)。でもほんと、日常は華やかにスマートにいかないのが現実。

サイトオープンの当日、色々作業したいと思っていたのに、学校から電話。

次男(小1)が足をケガして、車でお迎えに来て欲しいとのこと。

学校からの電話は今までにも何度かもらっているので(ほとんど長男)、着信ナンバーに学校の番号を見ると、「何かやったかな?」「何かたいへんなことがあったかな?」と思ってしまう(今までの例:友達とケンカ、足を捻挫して病院等々)。なので、ケガが大したことではなく、お迎え程度のことならたやすいものだと思って出かけた。

掃除の時間に運んでいた机を倒してしまい、左足の親指に直撃した、ということだったけど、家に帰ってからも爪の付け根の血が止まらず、結局病院へ連れて行った。

広い整形外科(長男が学校から連れていかれて知ったところ)の中待合室でハッと気づいたら、待ってる親子連れが五組とも男の子だった!(笑) お母さんはみんな「ヤレヤレ」という顔をしていて、息子たちはケガをしてもじっとしていない。自分もたいへんだけど、心の中で「お母さん、ガンバレ」って思ってニンマリしてしまった。

そんなわけで、現在の登下校は送り迎え。

車の中で次男が聞かせてくれたこと。

通っている柔道に、ひとつ上の大きな男の子がいて(2年生なのに、体重50㎏!)その子と組み合う時次男が彼に言ったこと、「デブにはスピード!」そしたら彼が「チビには大きさ!」とこたえたそう。

あどけない二人がそんなことを言い合っているなんて笑えた。

出かける前、長男(小4)が淡々と語ったこと。

「昨日、ブランコの取り合いで女子とケンカになって、蹴って、男3人と女たちのケンカになって、コンピューターの時間が話し合いになって、先生に『恐い話して!』ってみんなが頼んで、恐い話の時間になって、おもしろかった」

今でもブランコの取り合いなんてするんだー!

「蹴ったって誰が?」「オレが」「蹴るのはダメじゃん!」「まあそうだけど」

息子たちが原因で授業がつぶれたなんて申し訳ない、でも恐い話で楽しい時間になったならよかったのか!?

次男を送って行った時、長男の先生にバッタリ会って、一瞬上記の話がよみがえったけど(上記ばかりではなく、宿題を忘れ続けていた頃の話や今はそれでもがんばってますとか色々)、話す間もなく、「おはようございます。よろしくお願いします!」とだけ言って帰った。

長男の捻挫の送り迎えの時も面倒だったけど、朝日を浴びながら登校する子供たちの姿は、新芽が踊っているようでキラキラしている。

 

そんな朝、車のラジオで聴いた音楽。これもよかった!

サカナクション 『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』

 

 

 

 

 

 

 
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# by hihararara | 2011-09-28 23:09 | こども

スタート!

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新サイト、新ブログの一回目です。

他の執筆メンバー(今トップページには4名出ていますが、最終的には計6名の予定です)に向けての参考例だったり、まだお試しなので、色々と不備があるかと思います。

今日スタートしたのは、新月だからです。私は月のパワーに左右されやすいので、縁起をかついで・・・。

写真は、古くからの読者さんならご存じ、私のふるさと、愛知県、渥美半島・伊良湖岬の風景です。

原点。

ふるさとの風景を展示して、素直にいいでしょ~~と言い切れない震災や原発事故が3月に起こりました。その痛みはこの先何年も、何十年も消えることはないと思うし、共有していかなくては、と思います。それでも生きてる以上は前向きに考えていきたい。人間にとっては、前向き思考が自然らしいです。アップダウン大きい私だけど、時が前へ進む以上は前向きにって思います。

 

このブログは、私にとって三つ目のブログです。

最初に始めたのは2005年の12月(この時も新月スタートでした)。育児がたいへんだった時、それでも何か発信したいと、子供たちが寝静まってからパソコンに向かって自分の世界にトリップしていました。文字を綴ることに後ろめたさを感じていたので、名付けたタイトルは『禁じられた遊び♪』。でも、思いもよらない発展をし、新聞に出たり、ブログをきっかけに小説執筆の依頼もいただきました。

ちなみに、こちら・・・ 藤村昌代『禁じられた遊び♪』

二つ目は、二冊目の小説出版を機に名付けた筆名でのブログ『緑の下で深呼吸』。この期間も色々あったなあ(笑) 大きかったのは一昨年の病気。10万人に1人という珍しい病気で入院し、自宅での療養に半年ほどかかって、いったんはブログも閉じました(書いていた小説と同じ病気になってしまったので、その偶然が恐かった)。でもやはり書くことがやめられずに復活。今も過去記事からさかのぼって熱心に読んでくれている読者さんも何人かいて、恥ずかしいけど、うれしいです。 日原いずみ 『緑の下で深呼吸』

ちなみに、「日原いずみ」というのは、処女作の主人公の名前です。編集者さんのすすめで、創作で思いっきり冒険するために名付けました。

『赤土に咲くダリア』出版後、3冊分くらいの本になる量の小説は書いたけど、自分の力不足で出版には至らず、そんな中での病気やら震災というできごとで、小説を書く気分ではなくなってしまいました。今やりたい、今やるべきことという気持ちで、このサイトを企画し、スタートしました。デザインや発案は私で、実現してくれたのはWebデザイナーの弟です。このサイトを機に、再び名前を「藤村昌代」にしました(ま、本名は違う名字だけど)。生まれた時の名前に戻したくなったんです。結局は「まーちゃん」がいちばん自分らしいので、気楽にそう呼んでください。今後は、「Love the Moment」をキーワードに、幅広い活動をしていくつもりです。

ずっと感動を伝えることを仕事にしたいと思ってきて、テレビ、美術、小説と渡り歩き、今に至ります。好奇心が強くて飽きっぽいということもあるけれど、自分を限定することなく表現や創作をしていきたいです(時が来たらまた小説にも挑みたいです)。

私は今、38歳で、人生折り返しかな?と思うと、ますます自由になれて楽しい。自意識がじゃましていた今までだったら超えられなかった壁が、いともたやすく超えられるようになりました。元々偏見がない方で、人との間の垣根も低い方だったけど、ますます色んな垣根がなくなった。

色んなことをして、色んな傷をつくってきたからだと思うけれど(単なるオバチャン化か?)、年を重ねることがこんなにも幸せなことだとは思わなかった。

人生も、世の中も、愛しい。

厳密に言えば、3.11後の日本に失望することも多いけれど、やはり生きてることは愛しいです。それは、これまでの体験によって死を意識してきたからだと思う。

精一杯「自分」中心に人生を切り拓き、子供が生まれてから子供中心で過ごし、そして今、子供も自分の足でしっかり歩き始め、自分に再び余裕ができた。家庭を中心としつつ、新しく社会に向けて色々と発信していきたい。これからは次代のために、責任もって、愛しい世の中にしていかなくてはならない。

というわけで、ゆるーく熱く、自由な思いを綴っていきます。

あらためてよろしくお願いいたします!

(コメントは設定したりしなかったり、しばらく実験的に行っていきます)

 

 

 

 

 
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# by hihararara | 2011-09-26 22:09 | 日記