園子温監督の言葉。

 

この頃、新聞をためてしまって、まとめて読んでいる。
10月4日付 中日新聞、映画監督の、園子温さんの連載より・・・
☆園さんは地元出身です。

 

<原発問題は、そして福島という大切な国土を失ったことは、あらゆるテーマを差し置いて、現在もっとも重大なことだと考えている。日本人として領土について真剣に考えろと一部のジャーナリストは騒いでいるが、彼らは他国ではなく福島が自らの手で失われたことの重大さに気づいていないのではないか?>

 

<僕が今年一番真剣に考えていることは、なぜ他の映画監督は原発に関して映画を作らないのかということだ。なぜ知らんぷりするのか。>

 

同感。
私は今、原発のことも含めた小説を考えているけど、構想と実態(実体というか)が伴わないモヤモヤの中にいる。
でも、私も、前々回の『夢売るふたり』の回でも書いたように、全く関係ない物語を構築し続けられる表現者が不思議でならない。

園さん、過去、スロータウン映画祭にトークゲストで来たこともあったし、地元が舞台の映画では知人たちも協力した(その際の、よろしくない印象も聞きつつ)。でも、その頃は園さんへの関心を持てなかった。育児がたいへんだったというのもあると思う。

 

でも、今は、私自身のタイミングとしてお会いしてみたい。
社本さん(先々週の巨石講演で初めてお会いしたお方で、園監督の同級生。『冷たい熱帯魚』にも登場したお名前)、よろしくお願いします。

 

観に行こうと思っている、10月20日公開の、園監督の新作『希望の国』

http://www.kibounokuni.jp/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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# by hihararara | 2012-10-06 02:10

「モンマルトルの丘」の気持ち・「ただ生きている」ということの幸せ

☆不本意だけど、行間が詰まる!☆お気に入りの写真ほど、他の場所に分けてしまっているので、イメージ写真がナイ!
98年にヨーロッパを旅した時、パリから南フランスへTGVで移動しようという日にストライキで
足止めとなった。
いつ再開されるかわからなかったので、別れたのか別れてないのかわからない状態の日本の男(フランスに10年住んでいた)に国際電話を入れ、パリの友達を紹介してもらった。
日本で一度だけ会ったことのあるYさんの家に、結局3泊お世話になった。
螺旋階段だけが立派な狭いアパルトマンで、夜明けに屋根裏から鳩の鳴き声が響いてきた。

3泊の間にオルセー美術館やらモンマルトルの丘やら連れて行ってもらった。

ある日の夕方、モンマルトルの丘から市街地を眺めた時、私は今まで感じたことのないような幸福感に包まれた。

TGVはいつ動くのかわからないし、恋愛はズタズタだし、初めての小説を文学新人賞に応募して出てきたものの、帰国後自分が何をやるのかわからなかったし、完治しないという子宮の病気を抱えていたし、将来子どもを産めるのか結婚できるのかもわからなかったし、何やかや決してうまくいっている状態でもないのに、モンマルトルの丘の上で、私は今、ただただ生きて、風を感じていることがうれしかった。

その、「モンマルトルの丘」で感じた気持ちに似たような幸福感を、今日また感じた。
小学校の授業参観があり、その前にはPTAの集まり、その後には野外活動に関する話があり、夕食に、たまたま家族で初めて行くレストランへ出かけ、と言っても大した場所ではなく、でもふと、幸せだと思った。

首には、次男を出産後に腫れた側頸嚢胞があり、それは今も1、2ヶ月に一度、首に針を刺して水を抜いていて、次にいつ腫れてくるかもわからないし、次に腫れてきたら全身麻酔での手術も考えなくてはならないし、それ以外にも二つの持病があり、子どもは大好きだけど、目の前の夫は時に最大のストレスにもなり、自分が住んでいる日本は、様々な「カナシミ」を抱えている。

震災や原発事故で家やふるさとを追われ、家族を失い、家族と離れ離れになり、絶望の中生きている人たちも現実に多くいるわけで、その人たちと比べて自分は幸せだとか思ったことは一度もなく、私自身、3年前患った10万人に一人という難病では、それでも生き続けなければならない苦しみを味わった。

いろいろ、いろいろ、いろいろあるけれど、それでも、ただ本当に「今」を切り取ったら、私は今、人生最大に幸せで、どんな形であっても、人生最大に幸せを、静かにゆるやかに更新していけるような人生をこれからもつくっていきたいと思った。

「ただ生きている」ということの幸せを、私は、3.11というできごとの以前から感じざるを得ない感受性や運命の中にいる。

そんな風に思うから幸であり不幸なのだと思うけれど、ここまで来ちゃったら、私は私で行くしかない。
毎年、10、11月は運気の関係上、自分を制御できなくなるし、コントロールできないものが押し寄せてくる。今日もまたこうして、外に出さずにはいられない気持ちになり、ここへ書いている。

「モンマルトルの丘」の気持ち。
「ただ生きている」ということの幸せ。
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# by hihararara | 2012-10-04 10:10 | 感動

「夢売るふたり」

 

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本当は旅日記の二日目の予定だったけど、先にさっき観てきた映画について。

映画に詳しい、信頼する男友達は「観る価値なし」くらいの評価で、同じく映画に詳しい目上のお方からは「藤村さんの感想が聞きたい」とのことで、

目上のお方に来週辺りお会いする予定なので、急きょ観に行ってきた。

公式HPはこちら・・・

http://yumeuru.asmik-ace.co.jp/

 

 

ストーリーとかなんとかより、今思うことを断片的に書きます。

最初は、シリアスなのかコメディーなのか、とにかく中途半端な印象で、どうなることかと思っていたけれど、途中から引き込まれた。

西川美和監督の映画は「ゆれる」で衝撃を受け、そのほかは観てないけれど、『ディア・ドクター』の原案小説である「きのうの神さま」を読んだ時、天才!と思った。
なんというか、西川さんの描く作品は、ふだん刺激されないような心の筋肉を刺激されるようで、ふだん使わない頭や心の部分がちくちくちくちくする。
『夢売るふたり』は、途中からおなかにずーんと来るような内容だった。

これは、男と女で印象がずいぶん違うと思う(実際賛否両論)。

私は信頼している友達が、ある意味酷評をしてくれたおかげで、期待せずに観ることができた利点もあったと思う。

想像していた内容と違っていた。

もっと男と女の深層心理みたいな話かと思っていたけれど、色々感じさせられた。

それが西川監督のすごいところだと思う。

男だとか女だとか超えて社会を描き出し、ものすごくマニアックな部分や感情をあぶり出す。

その偏愛とも言える「こだわり」こそが、作家性だと思う。
支配だとか共依存だとかジェンダーだとか色々感じた。


なんというか、私もその一人だけれど、人間って「さびしい」「かわいそう」な生きものだなあと思った。ふだん「さみしい」を選択するけど、この映画で思った感情は「さびしい」。

男は女に甘いし、女は男に甘いので、評価が分かれるんじゃないかと思うけど、かわいそうな何かを抱えた人って、かわいそうな人に反応するというか、弱いんじゃないかな。

阿部サダヲ演じる主人公は、結婚詐欺と言いながら、かわいそうな人に見事に純粋に反応してる。

私は、この映画の中では、ウエイトリフティングの選手役を演じた江原由夏さんが秀逸だったと思う。今検索すると、オーディションでこの役を得た劇団所属の女優さんらしいけど(訓練の結果、実際の大会に出るまで強くなったそうで)、すごく素直で素朴で、私は彼女の演技や表情を見るだけで泣けてきてしまった。

もう一人、こちらはお名前を知っていたけれど、安藤玉恵さん(今再び検索して納得「ポツドール」ね~)の演技も良かった。

2人ともしっかりした女優さんなのに、すごくいい意味で素人っぽくて素で、いるいるこういうひと~~という感じなのだ。

2人とも美人とは言えないだろうけど、独特の存在感。
阿部サダヲも松たか子も、目の演技と言うんでしょうか、キラキラ輝いたり曇ったり、ぐいっと引き込まれる俳優さんだった。

伊勢谷友介もアッパレだった。

 

監督の西川美和さんは、早稲田で二つ年下くらいに当たる。

私の中では、椎名林檎と重なる。つくり出すものに性別を超えたクールさを感じる。

こうして今、私が何か書かずにいられない、という感情を与えるということ自体が、映画の成功だと思う(少なくとも私にとっては)。

 

原発や震災を描かずにはいられない表現者に共感する一方で、3.11とは全く無関係なお話を構築し続けられる作家に尊敬もするし、どうしてもささやかな軽蔑も感じてしまうこの頃。

この日本で、今後同世代の西川監督が何を描いていくかにも興味あるし、やっぱり私もがんばらなくちゃ、かな~~~
(『きのうの神さま』の直木賞候補の頃、同じ版元のポプラ社が盛り上がってるの見てたし、あーでもね、それも含めて、感性の違いというか、どうしても「つくりごと」に没入できない今の自分があります)

今、友達に教えてもらった宇多丸のこの映画の話聞いてたら、すごく納得。見事に感想がバラバラで、それこそおもしろいと同時に、宇多丸さんの言うことにかなり共感。確かに「そんな展開(反応)あり得ない!」の連続ではあった(私にとってのいちばんの違和感は、男と女の肉体と肉体が初めて触れる前の間・・・その間は違うだろう、と3回くらい思ってしまった)。「監督のあざとさ」を感じるような演出も、まあ、そんなもんだろうというか、私は生々しくてなんぼ!って思っちゃうので、流していた。
とにかく、観て良かった!


☆ライムスター宇多丸のシネマハスラー(Podcast)http://podcast.tbsradio.jp/utamaru/files/20120922_hustler.mp3

☆西川監督インタビュー http://www.webdice.jp/dice/detail/3638/

 

 

 

 

 
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# by hihararara | 2012-10-03 06:10 | 映画

志摩・伊勢 一日目

 

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台風迫る9月29日~30日、家族旅行で、三重県・志摩~伊勢に出かけました。
行きは伊良湖岬から鳥羽まで伊勢湾フェリーで・・・

こちらは、志摩スペイン村。

初日は意外にも雨が降らず、乗り物を思いっきり堪能できました。

 

 

 

 

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台風を気にしてか園内は空いていて、人気のジェットコースターも最初はガラガラでした。

親子3人で独占(私が後ろの方が恐いと伝えたため、後ろから3人乗ってる)。

私は久々のジェットコースターで、昼間ワインを飲んでいたことを忘れていたので、気持ち悪くなりました・・・。

でもこの時は、最高に楽しかった!!
気の強い次男が、このジェットコースターよりさらに上級の「ピレネー」に身長が足りなくても乗りたいと言っていたくせに、これに乗ったら「ピレネーやめておく~~」と叫んでいたのが笑えて笑えて・・・。
39歳の私がこの3人の乗客の中で先頭というのも、我ながら「オバチャン、がんばるなあ~」とおかしかった!
(しかしこの後、次男はこのジェットコースターに5回は乗った)

 

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園内には、バルセロナのグエル公園(ガウディ作)を模した広場があって、最初は「これ、著作権的に大丈夫なのだろうか?」と思いながら、説明書きを探しても何も出ていないので、家に帰ってHPを調べたら、ちゃんと「グエル広場」と名付けてあり、ガウディにも触れてあったので勝手にホッと?しました。

 

というわけで、意識的に上記の写真を撮った上で・・・以下が、本物のグエル公園に腰かけている私の写真。98年12月!

 

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撮影は、フランス人のTVカメラマンのルック。
このポーズを取らされました(ほっぺがパンパン!)。
指に、ヴェネチアで買ったガラスの指輪をしていたので、それと、背景の緑や黄色と呼応させたかったらしい。上の写真のベンチとなかなか雰囲気似てますよね。

この旅←は、ルックと南フランスから車でスペインに入り、ダリのふるさとのカダケスを回った後、バルセロナへ。サグラダ・ファミリアでは、主任彫刻家の外尾悦郎さんにバッタリ会い、吸い込まれるようにして立ち入り禁止の工事現場に入って行った私を、外尾さんは叱るでもなく歓迎してくださり、お土産に教会装飾用のヴェネチアグラスの欠片と外尾さんの作品集を持たせてくださったのでした。ルックとともに大感激した思い出☆

 

志摩スペイン村でめいっぱい遊んだ後(とにかく乗り物に挑戦したがるタイプの兄弟は何度も何度もバイキングやら恐いジェットコースターやら乗りまくっていた・・)、翌日の雨を警戒してひとつ、スペイン村から近い神社に行こうと私は思っていた。
仲良くなった志摩スペイン村のお姉さんに、スペイン村情報ではなく地元神社情報を収集した結果、目指したかったのは伊雑宮http://www.genbu.net/data/sima/izawa_title.htm

本当は、実家と同じ地名の石神さんhttp://www.toba.gr.jp/101/post_288.html に行きたかったけれど、来た道を引き返す形だったので、賢島に泊まる前に伊雑宮ならいいかな、と。
しかし、早く宿に行きたい夫や息子たちに却下?され、渋々宿に向かったところ、想像以上に早く着いた(と言っても夕方5時だけど)。

そこで食い下がらないのが、いいも悪いも私であって、夕食の6時半までの間に車で1人、伊雑宮を目指すことにした。スペイン村のお姉さんの話だと近そうだったから。

というわけで、カーナビも、スマホもまともな地図もなく、ふだん方向音痴だというのに、直感だけで出発。

予想通り散々迷ったのだけれど、不思議と行けるはず、という確信があった。

途中、自分が目指していたはずのファミリーマートとは違うファミマの店員さんに道を教えてもらい、その後も近いはずなのに迷い、外はだんだん暗くなってきて、「ヤバイ!宿すら戻れないかも」と思って、また現れた別のファミリーマートで引き返そうと思ったら、なんと、その店こそ、探していたはずのファミリーマートだった。

というわけで、再度その店員さんに聞いたところ、このオバチャンが、とっても的確に道を教えてくれた。

「この先を行くとT字路があるから、そこを右、さらに進んで一つ目の信号を左、その後、しばらく行くと、そうそう、プールみたいなのがあるので、そこを左に曲がるんですよ~!」

このプールがポイントで、知らなければ見過ごしてしまう場所なのだった。

ということで、おかげさまで、プールを曲がり左に行ったら、あった!!伊雑宮!!!

薄暗い中、どきどきしながら参拝しようと訪ねると、、、
あらららら、閉まってました!!


 

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この鳥居の前に、細い綱が張ってあって封鎖されていた。

伊雑宮、8月までは午後7時まで開いていたので、9月だし、せめて6時までは開いているだろうと思ったのだけれど、5時40分、ハイ、さようなら~~

 

というわけで、鬱蒼として雰囲気ある神社に向かい手を合わせ、引き返すことにしました。この時のお願い事は、家族の幸せと「宿に無事に帰れますように!!」(笑)

 

でも私は、とても満足感に溢れていた。

帰りの道も、ワケわからなくなっているというのに、妙に自信があって、賢島の宿に帰れると思っていた。

途中、あ、ここで左に曲がれば最初のファミリーマートに戻れるな、と思って左折。

海を左手に眺めながら見上げた空では中秋の名月の一日前の月が、煌々と地上を照らしていた。

私は、すべてに感謝したくなった。

自分を守ってくれている空、海、山、森、そして、天空にも万物にも宿っている神様。

三重の自然に守ってもらって、私は無事に帰れるだろうと思った。

 

方向音痴の私だけど、旅先では妙に野性の勘が働き、無事に辿り着き、無事に帰れる。

以前、ニューヨークの友達(Love the Moment仲間のよしえちゃん)が、見知らぬ土地に行っても道に迷わない、何かが連れて行ってくれる、みたいな日記を書いていて、すごく共感したことがある。

大げさに言えば、土地の精霊みたいなものが導いてくれるんだと思う。

私が一人旅が大好きなのは、そこにある。

その土地や人々とダイレクトに触れる感覚。

今回、困ったとしても、三重の人ならきっと助けてくれるだろう、という信頼や甘えもあった。

もちろんこの冒険は危険とも背中合わせなので気をつけなくては、と思うけれど、無事に6時過ぎには宿に着き、夕食の前にお風呂まで入ることができて、私の、1時間ちょっとのショートトリップは無事終了しました。

一人旅好きの私が、家族旅行の中で自分の希望を叶えたいと思うとなかなか難しいのだけれど(去年の足摺岬での巨石群や竜宮神社探訪など)、子どもを置いて再び一人旅に出られる日が来るまでは、うまーくバランスを取って旅したい。

翌日は台風で伊勢訪問がどうなるかわからない1日目、満足して眠りについたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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# by hihararara | 2012-10-02 14:10 |

祝祭

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須田郡司さんスライド&トーク「石の語りべ」

~世界の聖なる石を訪ねて~

秋分の日の9月22日、無事開催されました。

ご参加くださったみなさま、ご協力いただいたみなさま、本当にありがとうございました。

大盛況・大成功だったと思います。

この写真は、講演の最後、クライマックスとも言えるミャンマーのゴールデンロックのイラスト。

撮影はデザイナーの美佐さん♪

 

写真はこちら(須田郡司さんより)

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落ちそうで落ちない不思議な岩。

岩の周囲には金箔が貼ってあるそうです。
多くの巡礼者が訪れる仏教の聖地。

 

 

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会場はまさに「石の語りべ」という呼称やタイトルにふさわしいアットホームな雰囲気。

前半は日本篇、後半は世界篇という感じでお話くださいました。石の写真を見ながら日本中や世界中を旅しているような気持ちになりました。

 

 

 

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大人40名以上で、お子さんも20名くらいいたかな。

子連れOKの会にしたくて選んだ会場でしたが、各々バタバタしつつも(私も息子二人連れて冷や冷や)、終始ゆるやかな空気に満ちていました。

 

 

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なんと言っても郡司さんの声や語り口がやさしくて、心地よかった。

歩き回っても寝ころんでてもいいですよ~

というお方。講演でも素でも同じ本当にゆったりした声とお人柄。

「不思議」と「寛容」の時空間でした。

目の前で生まれる、すべての人と人の縁や会話を眺めつつ、企画者としての喜びに浸っていました。

 

当日、Facebookにいただいたたくさんの感想を受けての私のコメント・・・

<みなさまの感想を読んで、うれしくて泣けてきました。

イベントのページって期間限定かと思うので、コピーして大切に保管させてもらいます。今日は本当にありがとうございました。

子連れでも気楽に参加していただける場を、と思って企画しましたが、自分自身の子どもも落ち着かず、いっぱいいっぱいで、行き届かない点が多かったんじゃないかと思っていたので、温かいコメントがうれしかったです。
郡司さんの人柄、語り口、最高ですよね!!
私はさっきまで、東京からバイクで来てくれた(途中パンクにもメゲず)大学時代の男友達と飲んでいました。郡司さんと知り合うきっかけとなった埼玉の「ちゃこ」とともに、ゼミで一緒だった友達です。そのゼミでは「地球交響曲」のことなど話しました。90年代前半のことです。
大学時代にタイムスリップするとともに、郡司さんに見せていただいた写真の巨石が思い出され、石が経てきた何万年、何億年を想像し、自分のいる時空がいつなのか一瞬わからなくなりました。
郡司さん、みなさま、本当にありがとうございました。またお一人お一人にもコメントさせてもらいます☆>

 

*********

 

困った日本にいるけれど、世界にはまだまだ知らないことがあり、知らないことの方が圧倒的に多いという事実に励まされる。

うーむ。郡司さんの石のお話に感動しつつ、私にとっては、郡司さんとの再会が豊橋でのこの場ということがおもしろくて、その辺りを以下、感覚的に書かせてもらいます。

今回、郡司さんと知り合うきっかけとなった「ちゃこ」という大学時代の友達も、ちゃこと同じく一緒のゼミだった「しまちゃん」という男友達も、それぞれ埼玉と東京から参加してくれました。

郡司さんは、99年のちゃこの結婚披露宴で司会をしていた方で、何をしている方かはわからなかったけれど、やはり語り口の温かさがとても印象に残っていた。ちゃこのダンナ様はお坊さんで、袈裟を着ての入場など、すべてが強い思い出として残っている。

ちゃこは、私にとって、かなりスペシャルな友達で、最初の出会いは、大学2年生の時の体育のトランポリン。3年で同じゼミになり、私が大学時代に出会った友達の中ではいちばん自分なりの「研究テーマ」を持った人だった。

私はちゃこによって映画・「地球交響曲」の存在を知り、ちゃこのおかげで、「闇が闇であることの大切さ、素晴らしさ」を教わったように思う(自分が育った田舎では前後左右もわからなくなるような闇は当たり前だった。その後憧れて出た東京で、夜の明るさにびっくりした。私がコンプレックスだと思っていた田舎は実は素晴らしかったんだ、ということを気づかせてもらった)。

やっぱり書き切れないけれど、去年、原発事故が起こった時、自分に感覚が近いちゃこは、埼玉でどう感じているだろう?と思い電話をした。そして、6月には子連れで一時疎開的に愛知の我が家にも来てくれた。

ちょうどその時、元々仲良しで、ちゃこに紹介したかった宗教人類学者の植島啓司さんが伊勢神宮調査の前に豊橋に寄ってくれることになっていたので、タイミングを合わせてちゃこにも会ってもらった。
その後、ちゃこは、滋賀県の須田郡司さんの家に移動。

その時は豊橋の我が家のあとに向かう場所が郡司さんの家だとは知らなかった。
郡司さんは、植島さんと対談をしたこともあったので、ちゃこが「豊橋で植島さんと会ったよ!」と伝えてくれた。

そういうご縁も積み重なって、今回郡司さん@豊橋が実現したんだなあということをちゃこから聞いて、毎度ながら偶然やご縁に感動した。

そして、22日の講演後、郡司さんもちゃこも帰路についた後、私は豊橋に泊まっていくという「しまちゃん」と夕食~飲みに出かけた。

しまちゃんは、私より先にクラスメイトとしてちゃこと出会っていて、仲良し同士で沖縄に行ったこともあり、その話をしてくれた。

その仲間の中に、沖縄のノロ(ウィキペディア解説:ノロ(祝女)は沖縄県と鹿児島県奄美群島の琉球の信仰における女司祭。)の家系の息子がいて、そのお母さんの話では、(ココ、ものすごく感覚で書くので正確じゃないです→)年に一度のお参りというか鈴を鳴らして山を登っていく儀式みたいな時に、山の上の祠に着くと、必ず毎年白いハブが待っているんだそう。

その話に感動して、しまちゃんに2回語ってもらった。おとぎ話じゃなくて本当の話。

私は本当にそういう話が大好きで、私にはそこまでのシャーマンチックな能力はないけれど、ちゃこはやはりそれに近い人だし(永遠の妖精とかピーターパンのイメージ。笙も吹けるし太極拳もできるし、パンも焼けるし、写真も詩も素敵・・・お互い魔女修行中!)、ここで書くのは控えるけれど、数々の今までの体験も、すべて必然だろうなあと思えてきた。

偶然であり、必然。

今私たちは40歳前後で、これまでの人生は、自分自身でつかみ取ろうとあれこれもがいてきたけれど、私は今すごく、いい意味で受け身で、流れに乗りながら、やりたいことや、やらざるを得ないことをやっている。

小説を出すまではこだわりがあったけれど、3.11でどうしても意識は変わった。

ちょうど、土曜日に初めて会ったエリカちゃんという友達にも「40になったら、それまでの積み重ねからの流れで行ける」と伝え、今日には、こちらも魂の友のようなレイチンが、別の人へのコメントで、「39歳までは走り続けるって決めてあるの。で、悠々自適な40代を過ごすんだよ♡♡♡」と書いていて、おおっ、そういえばレイチンは私より二つ年下だけど、そうか~同じような意識だなと笑いがこみ上げた。

レイチンも会ってる植島啓司さんの著書には、『39歳女の愛の分岐点』があり、それも思い出しつつ・・・(笑)

この頃「何でも屋」になってる私だけど、やはり昔からの夢「人に感動を伝えられる仕事をしたい」とか、高校生に向けての講演でも話した「『伝える』を一生の夢として」という軌道は変わらないなあと思う。

そして、来年2月に40歳になる私なりに見えてきたのは、大小様々な「祝祭」をつくっていきたいんだな、ということ。

社会に向けて訴えなければならないことを抱えると同時に、今の地球や、ただ生きていることに感謝できるような祝祭を、日々つくっていきたい。自分や家族に向けても、人様に向けても・・・

全然大げさなことじゃなくて・・・

郡司さんの石の講演、旧友との再会、偶然やご縁を通して、今の時点で至ったタイトルが「祝祭」ってことでした。

 

春から夏にかけてのがれきの受け入れ問題に関して真剣に向き合った仲間も多く22日には来てくれました。

バッタバッタで思うようにその面は話せなかったけれど、その問題が少なくとも愛知においては収束した今、やはりひとつの「祝祭」の場でした。

 

地球も自然も、生きることも素晴らしい。

郡司さん、みなさま、あらためて、ありがとうございました♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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# by hihararara | 2012-09-24 03:09 | 感動