「ほっ」と。キャンペーン

<   2014年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

お墓参り~マッターホーン

 

 

c0189426_06464671.jpg


c0189426_06464691.jpg


 

 

 

 

 

 

 

 

 

c0189426_06464609.jpg


c0189426_06464681.jpg


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【お見舞いが つづけばいいね マッターホーン】

今年の1月に亡くなった義父は、何年間か入院していて寝たきりだった。

ある時、お見舞いの帰りに立ち寄った病院近くのマッターホーンで家族4人でお茶をし、以来、お見舞い→マッターホーンがコースとなった。
子供たちはお見舞いよりもマッターホーンを楽しみにするようになり(私じゃなくて夫の誘導)、その後、全然違う方向の病院に移ってからも、わざわざマッターホーンでケーキセットを食べた。

それは、願かけのようでもあった。
治らない病気だったけど、お見舞い~マッターホーンが続けばいいねと、いちばん願っていたのは夫だったと思う。

今日は亡くなってから初めてのマッターホーンだった。お墓参りの帰りに。
お墓でたくさんの墓石を見てたら涙が出てきた。
どこの家にも色々があって、うちも色々あるけど、家族でお墓参り~マッターホーンに行けてよかった。

 

 

 

 
[PR]
by hihararara | 2014-09-21 07:09 | 家族

高校のこと

 

ついついサガとして、パブリックに向けて書かなくちゃと思うので、あれこれ文章が長くなるわけですが、公明正大に書きたい気分なので(誰かが書いてもいいと思うことなので)、もの書きの視点として書かせていただくと・・・

今日、豊橋南高校の同窓会幹事会に初めて行ってきました。

毎年、全体の学年が集まる大きな同窓会が6月に行われていて、来年の幹事学年が私たちの代ということもあって、すでに色々とがんばってくれてきた同期が何人かいました。
私も声をかけてもらいつつも、正直言うと気がすすまないところがありました(早稲田の方のこの地域のOB会はがんばったりもしていたのに・・・)。

それは、当時の入試制度により、行きたい高校じゃなかったからってのもあった(時習館と南高校が組になってて、どちらに振り分けられるかわからない学校群制度の最後の年)。
各々の感受性や、学校からの距離とかにもよるだろうけど、私は渥美から「豊橋!」に行きたかったので、大清水よりは南栄に行きたかった(笑)*遠方の方に向けて説明すると、時習館というのは地域の伝統校で南高校というのは新設校。入試制度が変わった現在は、学業的なレベルで言えば大きな開きができた。高校としていいか悪いかは別です。

他にもまあ、色々あって(同じ中学から二人だけ受験したんだけど、優等生だった友達が時習館、問題児バリバリだった私が南とか、豊橋で生まれ育った父は、お兄さんたちは時習館に行けたのに、末弟の父は、その時の家庭の事情により能力はあっても高校自体に行けなかった分、娘として父の無念を晴らしたかったとか・・)、私は、高校の合格発表の時、合格したにも関わらず号泣して、その時は南高校の掲示板で発表されたんだけど、その掲示板から母の車に戻るまでわんわん泣いて、今思えば新聞記者なのか、誰か男の人がついてきて、「どうして泣いてるんですか?」ってやたらしつこく聞かれた。

私は「うるせー」と思ってガン無視していて、母が「時習館の方に行きたかったから」と言ったら、「なぜですか?」と聞かれ「南高校だとバスと電車を使わなくちゃならないけど、時習館だとバス一本で行けるから」と答えていたのが印象に残っている。そればかりじゃないけど、苦肉の策的にそう答える母に心の中で感謝とツッコミを入れたい気分だった(笑)

もちろん、南になることも覚悟して受験したけど、井の中の蛙になるのを恐れて、半島を飛び出して豊橋に出たかったことや(もちろん、今は愛すべき大好きなふるさとだけど、若かりし頃のこの辺の感覚は田舎育ち特有のもの)、中学の頃から学校や先生の権威的な部分に反発しまくっていたので、その入試制度自体、社会や大人たちが勝手に決めたことに屈するようで、悔しかったのだ。能力は達していながら、行きたい高校を選べない不条理。

そんな感じでスタートした高校生活だったけど、もちろん楽しかった!

先生たちにもすごく活気があって、どこか全体的に「行きたい方に行けなかったけど、その分がんばろう(がんばらせてあげたい)」みたいな空気感があって、先生も生徒もがんばっていた。

とはいえ、15、6歳の多感な時に、行きたい高校じゃなかったということでつぶれていった同級生も実際にいた。

私は最終学歴を上げてやろうという、中学に引き続いての「社会を見返してやる」モードに入ったので、希望した大学に結果的に入れて満足したけど、あの入試制度がよかったかどうかと言えば、大人側の都合で振り分けられただけで、よくなかったと思う。

でも、南で出会えた仲間は財産だし、振り分けられるという方法によって得たもの失ったものそれぞれにあったと思う。

それをプラスに転じられたか、マイナスにしてしまったかも、それぞれによる。

と、高校時代のことを長々挟んだけど、そんなことから、同窓会幹事としての役割を、すでに幹事としてがんばっている男友達に言われた時に、上記のような気持ちを正直に伝えた。「行きたかった高校でもないから、母校のためにがんばるって気持ちがしっかり持てない」みたいに・・・

それは、仲間や南高校そのものに対する負の感情ではなく、あくまでも、当時の制度に関する疑問からだった。

すると友達は、「例年、幹事学年の中で、その思いに行き着く人がいるらしいよ」と教えてくれて、そうなんだ~と思った。やっぱりと思ったし、切ないとも思った。

同じ頃、同じ学年に当たる時習館の同窓会の盛況ぶりがfacebookを通して伝わって来て、対抗心ではなく、ただただ、彼らは私たちのこういう思いを知らないんだろうなあと思った。

そしたら急に、南の人たちがいとおしく思え、私たちは痛みを知った分、きっと強くもやさしくもなってるだろうな、と思った。

高校時代に励まし合った親友の言葉、「南にならなかったら見れなかった風景を私たちは見てるんだね」(みたいな感じ)も思い出した。

同じ南の中でも、なーんとも思ってない人もいるけど、私は良くも悪くも感受性が強いのと、正直すぎるため、自分の感情に従えることじゃないと前向きに動けない。

 

そんなこんなで、タイミング的にもなかなか参加できないということもあって同学年の同窓会や幹事会に行けずにいたけど、今日初めて参加してみて、行ってよかったと思った。

第一に、幹事会に出てくるようなメンバーだからということもあるけど、男も女もみんな健やか。心がきれい。みんないい人たちだなあと改めて思った。

わかりやすさとして書くと、同級生には裁判官も弁護士も医者も研究者もマジシャンもヴァイオリニストもいて、幅が広い。

その面々が、自分で選んではないとはいえ、同じ学校で3年間をともに過ごしたんだなあと思うと、不思議な縁を感じる。

私たちには背負うような伝統もないし、みんなが絶対行きたい!と思うような同窓会にはどうしたってならない背景があるけれど、気楽に、私たちなりに、いいものにできるようにがんばりたいな、って本音で思った。

 

帰り道、在学中は、秀才くんと思っていたような同級生男子を駅まで送りながら色々話をし、彼の歩んできた道のりも、彼の育児(高校生のお子さんがいる)についても、我が息子たちの育児において、とても参考になるところがあった。

とりわけ、彼のお母さんが素晴らしく(爆笑エピソードも)、すごく励みになった。

家に戻ってからFB通してメールのやり取りをした男女の同級生からも温かい言葉をもらった。

みんな、昔を懐かしむだけではなく、現在においても刺激し合える。励まし合える。

南高校での出会いをありがたいと思ったし、ますますそう思えるような全体同窓会にできるように、遅れての参加ではあるけど、これからがんばりたいなって思います!

 

【追記】考えてみれば、今は同じ高校の6学年上の夫と結婚し、たまたま二人とも教わった先生の家の隣に住んでいるんだから、それもおもしろい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
[PR]
by hihararara | 2014-09-20 15:09

「君が僕の息子について教えてくれたこと」

 

感性を信頼している友達から教えてもらったNHKの番組(再々放送で)がとてもよかった。

「君が僕の息子について教えてくれたこと」

番組に出ていた紹介文より・・・

<日本の自閉症の若者・東田直樹さんの書いたエッセイが20か国以上で翻訳されベストセラーとなっている。英訳したのは、イギリスの作家デイヴィッド・ミッチェル氏。彼にも自閉症の息子がいる。東田さんの本を読んでまるで息子が語りかけているように感じたと言う。ミッチェル氏の訳した本は、自閉症の子どもを持つ世界の家族に希望のともしびをともした。日本の自閉症の若者と外国人作家の出会いから生まれた希望の物語である。>

番組告知用HP http://www4.nhk.or.jp/P3229/

これは、私がここに書くより、心からおすすめしたい人にはオンデマンド(ちなみにこれ→ http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2014058033SA000/ )

とか、東田さんの本(「自閉症の僕が跳びはねる理由」ブログ→ http://higashida999.blog77.fc2.com/を是非と思うけれど、見た感想を忘れたくないのでここに簡単に・・・

 

東田さんの頭や心の中にはたくさんの感情や知識や言葉があるのに、口からは(発語では)それがうまく表現できない。

でも、パソコンのキーボードや紙製の(キーボードと同じ配列の)文字盤を使えば言葉が出てくる。

東田さんはまるでイタコのようだった。

世の中から感じとったことを振り絞った言葉として表に出す。書き言葉なら、美しく的確な表現もできる。でも、話し言葉ではうまくいかない。

たくさんたくさん言葉を持ちながらも表にうまく出せないことを、もどかしくてたいへんそうだと私(←脳即口即手(キーボード)みたいな)は思うけれど、本人の感覚は本人にしかわからない。

苦しいとしたら気の毒だし、でも、勝手に気の毒とは思っちゃいけなくて、ただ、魂と肉体がうまく連動できないのはやっぱりたいへんだろうなと思った。

例えば桜を見て、その場に長くいられない彼の現象だけを見た人は、彼は桜が好きではないのかな、と思う。でも、彼自身が表した言葉では、「綺麗だと思うし、でも、感動からか胸がいっぱいになって、その場にいられなくなる。うまく説明できないけれど、僕は桜が好きだということです」ということを聞いたら、切ないと同時に胸が熱くなった。

それは必ずしも自閉症の人だけではなく、自分以外のすべての人たち、たとえ近くに感じていても家族も、友人も、大切な人達も、内面で思っていること、感じていることと、表に出てくる言葉とは違うということを、謙虚に受け止めなくちゃと思った。

ちょうど少し前に観たDVDの映画?の中に、「私を勝手に理解しないでください」という言葉が出てきた。

それも思い出した。

 

自閉症の子たちは周囲に確かに増えていると思う。

でも、それも意味がある気がする。

あふれる思いを内側に湛えながら、うまく表現できず、冷たい子かと思えば、むしろその逆で、感受性が強いからその場にいられない、大好きな親とすら目を合わせることができない。でも、その彼らのこと、もっと言えば、どんな人のことも勝手にこちらがわかったように理解しちゃいけないと思う。

うれしい時、落ち着かない時、ジャンプする彼ら、私自身もうれしい時、昔から過剰にぴょんぴょん跳ねちゃうわけで、とても共感した。

 

待つ子育てってよく言われるけど、実際にはうまく待てなかったりしつつ、やっぱり待たなくちゃと思ったり、その子の持つ才能や神様からのギフトは既存の世の中に当てはめて判断するものじゃないと思うし・・・

東田くんの本のおかげで、自閉症への理解が進んだり、親ですらわからなかった自閉症の我が子のことが理解できる人が増えたり、上の方にイタコって書いたけど、トランスレイターなんだなと思った。

魂と肉体の関係、天から降ろす言葉の大切さ、愛情、理解。みんな違ってみんないいと簡単にまとめたくないけど、私も今、夫や子供との関係も、まずは違いを受けとめることだと思うようになった、そんなタイミングだったから色々思った。

最近映画にもなった「ホットロード」の原作漫画を久々に読み返していて感じた「(気に入らない親でも)生きてるってこと」みたいに、生きて関わっている人たちとも、永遠に関われるわけじゃないから、 あんまりキャンキャン吠えないで、わからない部分はわかろうとし過ぎずに、穏やかに受けとめていきたいなあと思う。

まとまりないけど、終わり!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
[PR]
by hihararara | 2014-09-13 10:09 | 感動

小説~「水色・HORIZON」~LUZ

 

facebookからの転載もしたいけど、今日は書いておきたいこと。

昨日は、新城の友達の美容室 LUZ に行ってきた。過去にも書いたことあるけれど、リニューアルされてさらに素敵になってます。

☆前書いた時のブログ(2013年11月)
http://www.l-t-m.net/blog01/?p=4293

出かける前に今取り組んでいる『恋路ヶ浜LOVEストーリー』を書き進め、モデルの二人の初々しい気持ちに寄り添いながら私までいい気分になってきて、そういうことだよなあって思っていた。

長年の読者さんはご存知の通り、私は5年前の今頃、書いていた小説と同じ病気を呼んでしまい、痛い目にあった。

自分の感受性にもよるけど、入り込むってすごい。思い出しながら書いている心身の状態を今に呼んでしまったのだから・・・

そういう感覚で言えば、今書いている小説は、ふるさとの美しい海や自然を背景に、男女の美しい心を描いているから、書いている自分も素敵な気持ちになれてとてもありがたい。

昔はキリキリハラハラするものが読むのも書くのも好きだったけど、いい意味で大人になりました(笑)

村上春樹がヨーロッパにいる時に『ダンス・ダンス・ダンス』を書き上げ、それは寒いヨーロッパでひたすらハワイのことを考えて書きたかった、みたいに『遠い太鼓』の中で触れてたけど、その気持ちわかる。

そんなわけで、いい気持ちになりながら車で新城へ向かった。

ドライブのおともに、昔のカセットテープを適当に出してきて(私は14年目の車に乗ってて、なんとカセットデッキが付いてる!)入れてみたら、流れてきた曲は、UAの初期のライヴCDからのものだった。

UAが最初の子を妊娠していて、一曲目は『太陽手に月は心の両手に』で始まるやつ。

その、途中から流れたパティ・スミスとかのコピーなど聴いていて、LUZに着くころに流れたのは、初期の名曲『水色』だった。

私は今よりも、96~98年ころUAにはまっていて、そのCDは、美術作家のアシスタントとして住んでいた島根県のアトリエでよく聴いていた。

水色の歌詞の一部。

「季節は限りなく回り続けてるけど

わたしのこの心に 光る水色は

いついつまでも 変わらない 空と海の色

(略)

青い地球がまぶしすぎて」

*********

続いて流れたHORIZONの歌詞・・・

「そうねもしこの世に言葉なんてなければ

私たちずっと一緒にいれたよね

探してた永遠は時の影

空と海溶け合う日を夢見る」

********

水色もHORIZONも、何度も何度も歌詞を反芻し、うんうん、その通りと思っていたけれど、昨日久々に懐かしのカセットテープを聴いて、この曲に共感する気持ちは変わらないよなあって思った。

大きなできごととしては3.11があって、UAは今は沖縄だし、当時のダンナさんの村上淳とは別れて再婚してるし、ライブの時おなかにいた子は、今や大きくなって、村上淳と共演の河瀬直美映画の主役も務めたし、なんだかぶわ~っと時の流れを感じた。

なんか、日本も世界も色々あるけど、私もやっぱり、水色やHORIZONの世界観は昔も今も変わってなくて、それはまさに、この、「青い地球(ほし)がまぶしすぎて」に集約されてる。

 

と、そんなちょっとした興奮&感動状態でLUZに行き、大好きなともちゃんにカットとアロママッサージをしてもらった。

c0189426_06464414.jpg



途中でいただいたコーヒーと、ともちゃん作のパウンドケーキ!

このパウンドケーキは絶品で、実は前にレシピも見せてもらったけど今回は梨入りで、やさしい美味しさだった。

小花も含め、こんなに可愛らしいおもてなしをしてくれるLUZ、少し遠くても行く価値あるお店です。

 

 

 

 

美容院は、ここでも書いたけど、長年行っていたところがお店を閉めることになって、しばらく美容院ジプシーしてたけど、ともちゃんとお友達になったこともあって、安心&信頼してお任せできてうれしい。

美容院はリラックス重要だけど、私の場合、例えば仕事の話になったとしても、特殊というか、自分で自分の話をどのようにしたらいいのか(相手に大げさに反応されても困るし)、って変に考えちゃう時あるので、丸ごとわかってくれて(それは友達に限らず、新規のお客さまに向けても、器の大きいともちゃんのおかげで)楽しく過ごせるLUZはありがたいです(お店の他の美容師さん2人も朗らかでキュート!)。

年下のともちゃんだけど、きゃらきゃら何でも語れると同時に、ふだんのやりとりの中でもふとくれる啓示的な言葉に励まされております。

帰りの車ではドテラのアロマの香りに包まれて、とても幸せでした。新しい髪型の今も幸せ♪
というわけで、ともちゃんが撮ってくれた写真☆

この服はお友達の「きみどり」深香ちゃん作のえぷちゅに!

c0189426_06464582.jpg


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
なんというか、無菌室に入る意味ではなく、自分が無邪気でいられる、無邪気な友達や相手との時間を大切にしたいなあって思います。

冒頭の話に戻すと、自分を心地よい環境に置いておくのって、すごく大切だなあと思う。

子供を心地よくするために家の環境をととのえるためにも、自分自身の環境をできるだけととのえておきたいなあって思ったというか、なんか色んな面において(朝の海の小説~水色、地球~リラックスLUZという、色にたとえるのなら水色の日)、昨日のことは記録しておきたくなったのでした♡

 

 

 

 

 
[PR]
by hihararara | 2014-09-12 06:09 | 友達

最近は

 

伊良湖の小説を真剣に書いてて、なかなかブログを書けずにいるけど、FBでは発散もしていて、またこちらにも、まとめて転載します。
[PR]
by hihararara | 2014-09-10 12:09