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自家製酵母パン 「木槿」

 

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ようやく1月11日のことが書ける・・・

思い起こせば12がソフトボールの試合で、13が柔道の試合で、せっかく映画「利休にたずねよ」で、「木槿」の花が効果的に登場したので、それを伝言しつつ伺ったのに、その後義父のバタバタもあって(さらに新年会、いったいどんだけ~?の1月だったねえ)、書きたいのに書けずにおりました。

ということで、パンの「木槿」さん。

 

 

 

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お店に入って左側に、こんな風に本がいっぱい置いてあり、この中に、私の『赤土に咲くダリア』があったと友達が発見してくれて、それで行きたいと思ったパン屋さんでした(この日は貸し出し中でした)。

友達はてっきり、私とパン屋の店主さんが知り合いと思ったのですが、面識なくて、店主さんは植物がお好きらしく、タイトルに惹かれて買ってくれたそう。

 

私自身は、パン好きな友達から「むくげ」っていう名前を聞いたことがあり、それならば、行ってみようと。だいたい、車の運転が苦手なのと(カーナビもスマホもないので、いつも遠方へ行く時は地図を手書きして行く)、遊ぶ時期を豊橋で過ごさなかったからか、豊橋をよく知らなくて、でもこの頃、牛川辺りにホットなお店が多く、じょじょに開拓しています。

 

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店内はおもしろい造りで、パンがこのように陳列してあり、ガラスの向こう側がオープンキッチンで、作業風景が見える。

パンを買う時は、店主さん(なんと呼べばいいのか?さわやかで可愛らしい年下くんです)がそれぞれ袋に入れてくださる。

どれもこれも香ばしくて美味しそうだけど、、、

 

 

 

 

 

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この、旬野菜のバゲットはかなりおすすめと思います。

行った時のバゲットは里芋がゴロゴロ入っていて、岩塩と合わさって、絶妙の味わいでした。

そうだね、味ってより、「味わい」って言葉がしっくる来るようなパンであり、お店の雰囲気でした。

 

 

 

 

 

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こちらは、ベーグルと、自家製餡の入ったあんパン。

あんパンは、次男が気に入って全部食べちゃって、私も食べたいので、再度買いに行こうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

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こちらがご主人。

お店の内装も、ご主人の服装も、茶系をベースにしてて、落ち着きます。

自分がどういう存在かを明かして、長々お話させてもらいました。

 

 

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こちらは、大きな袋のスタンプ。

真ん中が木槿の花で、左右は、このお店にある、愛すべき植物たち。

このスタンプ、オーダーメイドでつくってもらったそう。

 

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カーテンにくっついていたクロワッサンは、店主くんの作品。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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温かい店内には植物が多くて、こちらは15年物だそう。

 

 

 

 

 

 

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元は100円ショップで買ったという植物だったり、近くの、Sakura Hanamise http://sakurahanamise.com/ で買った植物を根付けしたものが大きくなったり、考えてみれば、パンより植物の話をいっぱいしたなあ。

私が思い出していたのは、吉本ばななのデビュー作『キッチン』の雄一くん。

植物が好きで、花屋さんでバイトしていた彼。

そのおだやかな空気感を思い出しました。

植物を大切に上手に育てている店主くんならきっと、いい酵母を育てていそうだ!って思ったよ。

 

色々買って帰っていただいたパンの感想は、独特!ってこと。

率直に言えば洗練されてるパンではないだろうけど、私が思ったのは、ひとつひとつのパンが、まるで陶芸家がつくった作品みたいだなあってことでした。

おかず系のパンも、甘い系のパンも、発明品みたいに、店主くん独自のレシピの手づくりの中身が詰まっていて、他のどこのパン屋にもない味、味わいだと思いました。

なんでしょうね、うまく言葉にできないけど、なんか魅力を感じるので、僭越ながら、彼やお店の成長を見守りたい気持ちもあって、また伺おうと思います。

 

店主くんが書いてくれていた、私のことも入ってるブログです。

http://ameblo.jp/mukumukuge/entry-11748501989.html?frm_src=thumb_module

 

(読んでもらってるかわからないけど)

いっぱい写真を撮らせてもらいながら(デジカメ忘れてガラケー撮影だけど)、UPが遅くなってすみませんでした。

また行きます☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2014-01-31 12:01 |

東三河稲門会新年会2014

 

私、がんばったよ!(笑)

新年会、楽しかったよ!!

 

というわけで、秋頃から準備してきた稲門会(←早稲田のOB会のこと)新年会が無事終了しました。

実行委員長は、前実行委員長さんから、昨年の新年会の二次会で指名され、育児期間に幹事的な役割を辞退してきた分、そろそろ恩返ししようと思っていたタイミングだったので、即OKしました。

個人でのイベントも、100人近いものをやってきたので、大丈夫だろうと。

よく驚かれるけど、東三河には100人以上の早稲田のOBさんがおり(ゴロゴロいるんです)、上は80代から下は20代まで一堂に会するような会はなかなか珍しいけど、年配層にも若者層にも楽しんでいただけるように、台本や流れに工夫をしました。するするーっとできたわけでもなく、温かいOBさんたちに見守っていただきながら、紆余曲折ありました。
私はやはり、どうしてもクリエイター気質が出てしまい、やるからには、しっかりとした舞台とか場をつくりたくて、会場も9月末には予約していた(笑)

東三河を舞台とした深夜ドラマ「みんな!エスパーだよ!」の最終回イベント(7月)で初めて行った会場で、駅からすぐで100人が同じフロアーに入れる場所は貴重なので(6月にホテルでフォーマルな総会があり、新年会はカジュアルなパーティーという位置づけ)、その段階で、新年会はここにしよう!と思っていた。知り合いの建築家さんが内装をしたこともあり、1月は新年会や成人式のイベントも多いから早めに押さえた方がいいとも言われ・・・

 

宣伝しておきます。 富士屋グリル&バー http://r.gnavi.co.jp/n203206/

担当の太田さん(男性)、お洒落でとってもいい人です♪

 

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開会前の様子はこちら。

今回は全部で69名のご参加でした。

☆写真はクリックで拡大できます。

 

 

 

 

 

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司会風景。保育園からの後輩真臣くんと。
(写真は幹事長さんからいただきました)

舞台向かって左側の展示は、1964年の東京オリンピックに出場した大先輩着用の赤いブレザーやユニフォームです☆

 

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こちらは終盤の真臣の応援団員姿。
この後、恒例の校歌の斉唱でした。

例年通り箱根駅伝優勝経験者のOBさんの「箱根駅伝報告」やら、競走部報告では、「別府大分毎日マラソン」へ出る(フルマラソン3時間半を切っている人でないと出場できない)仲良しOBさんの抱負も。新年会は初参加の方々の「ニューカマー自己紹介」がメインでもあり、今年は、バスケットボールチーム、浜松・東三河フェニックスのヘッドコーチでいらっしゃる東野さんにも熱くPRしていただきました。

東野さんとは、在学時期が重なっていて、私の自己推薦仲間のバスケ部男子くんたちのこともよくご存じだったり、WOWOWのNBAの番組で、アナウンス研究会時代の親しい先輩が一緒に実況解説をしていたりと、ご縁もあってうれしかった。

東野さんの記事二つ。☆http://www.bbspirits.com/interview/bj140121/

http://www.tomoyahigashino.com/

大学時代から知ってるCBCの水分アナウンサー(今やアナウンス部長)さんも名古屋から参加してくださり、さすがプロというしゃべりを披露してくれました。老若男女、ユニークな卒業生多数!

司会しながらのバッタバタの途中、年下の男友達(ちなみに東大卒)からメールや電話が入り、うるさいなあって思ったら、「今、迷える早稲田OGとふじやの前にいます!」と言うので、これはこれはと思いながら表に出て、しかし余裕がないから、自分の事情を伝え、その瞬間はたまたま女の子がいなかったんだけど、「初参加歓迎だから、その子が来たいと言うのなら入ってもらって!」とだけ伝えたら、後になって本当に参加してくれて、しかも、最もフレッシュな卒業生(H25年卒)で、場内湧きました(ありがとう!)。

とまあ、書き出せばキリがないのだけど、私はアナ研にいたとはいえ、カツゼツは悪いし、司会は苦手で、でも、年の功なのかオバチャン化なのか、そもそもクラブのチーママ的な回し方は昔から得意なので(笑)、そんな感じで、少しでもみなさんに和んでいただけたらと思いながら司会をさせていただきました。

終了後、多くの方に「よかったよ!」「楽しかった!」と言っていただき、ホッとしました・・・

実は当初は諸事情からステージが使えない予定で、お立ち台用に我が家のビールケース5箱を持ち込んでいました。盛りだくさんの内容で、みなさま話し出すと熱っぽく長くなるし、時間読みでハラハラでしたが(お店に次の予約も入っていたので)、21時に終了の挨拶ができた時は奇跡と思いました(担当の太田さんも同感だった:笑)

 

当日はステージに上がる分、お洒落をしていって、その写真が本当は欲しかったんだけど(何歳になっても七五三的気分で、可愛いおべべを着たら写真が撮りたい)、目まぐるしい忙しさで撮ってる暇などなく(それゆえ上記写真は本当にうれしい)、でも、見たいと言ってくれてる友達もいたので、改めて撮った衣装(笑)

 

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これは、去年、岡崎のイオンに豊橋でやってないフランス映画を観に行った時、ふと発見して一目ぼれして即買いした。

色づかい(モスグリーン基調に赤やオレンジ、ターコイズブルーなど)とか全体的に私好み!!

 

 

 

 

このワンピースに、、、

 

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手持ちのコサージュを髪の毛の左耳の辺りにくっつけて、

首元には、以前に真珠のネックレスを短くした時に余った真珠で作ってもらったチョーカーっぽいネックレスを。

自分では、椎名林檎とかエゴラッピンがイメージだったけど、二次会で話した、だーいぶ年下の仲良し男子くんには、「浅草ロック座?」って言われ(笑)、さっきロック座のHP見てみたら、似たような赤い花を頭につけたオナゴがくねくね踊っとったわ!正解!!

まあ確かに、一歩間違えば大屋政子である。
けどやっぱり、ポイントに赤を持ってくるのは昔から大好きなので、くちびるも爪も赤くしましたよ~

 

 

来月41歳だし、イタくならないように気をつけつつ、自己満足いちばん大事で、好きなファッションを楽しみたいものだ!

なんか本題がよくわからなくなっちゃったけど、「自由にやってください」と大らかに見守り、期待してくださる幹事長さんはじめ仲良しの先輩たちのお力をお借りし、なんとかがんばりました。

年末の紅白歌合戦の、綾瀬はるかの司会のように、「最後までちゃんとやれるか心配だから気になって見ちゃう」みたいな司会を目指しましたが、真臣くんも私も、頼りないキャラだけど、大丈夫だったかな。

何しろ東三河稲門会のみなさまは、温かくて、この日実は、事務局の優秀有能な先輩が2人も来れなくてたいへんだったんだけど、お店に早く着いた年配のOBさんたちが手分けしてプリントの配布など手伝ってくれて、なんだか涙出そうでした。

準備期間に初めて参加した幹事会でも、例えば年長の方の老いや個性を、みなさんが「そういうもの」として温かく受けとめていて、OB会全体が大家族のような空気で、全国にも誇れる稲門会と思います。

 

この日聞いた、印象的な言葉を記録・・・

<現実は長いが、人生は短い>

みたいな!

というのも、発した本人に今日聞いてみたら、忘れてた!その本人の言葉ではなかったけど、なるほど~と感心したから、また後日教えてねってことにしたんだけど、やっぱり酔っぱらいの言うことは幻だから、感動したらその場でメモっておかなくちゃね!(笑)

もうひとつ、前も書いたけど校歌のいちばん好きな歌詞・・・

<集まり散じて人は変われど

仰ぐは同じき 理想の光>

 

*********

ここまで書いたところで、件の相手が思い出したので記録(ことわざのサイトから抜粋)。

<芸術は長く人生は短し>

【読み】  げいじゅつはながくじんせいはみじかし

【意味】  芸術は長く人生は短しとは、人の一生は短いが、すぐれた芸術作品は長く世に残るということ。また、芸術作品を完成させるには長い年月を費やすものだが、人生はあまりにも短すぎるということ。

古代ギリシャの医者ヒポクラテスが医術の修業を志す人に言った言葉。「医術を修得するには長い年月を要するが、人の一生は短いものだから、怠らずに勉学に励め」と励ました言葉から。

*********

私が聞き間違えて芸術=現実と思ってしまったのだけど、現実でも違った意味でなかなか味わい深い言葉になるなあと思う。

ともかく、みなさま、ありがとうございました!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2014-01-25 14:01 | 地域

はーーー

 

ドラマチックな日々で、書きたいことが多々たまっているのに、24日の新年会の台本書きや最終調整で忙しくて、なかなか書けません。

FAで巨人へ移籍した大竹投手(遠い親戚)と、広島・齊藤くんの自主トレ風景です(許可をいただいたので載せます)。

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間近で見られて感激しました。

またゆっくり色々書きます!

まずは明後日の早稲田の新年会の準備や司会。

例えば、CBCのアナウンス部長の水分さん(大学時代から知ってるサークルOB)も名古屋から来てくださるし、バスケットボールのフェニックスのヘッドコーチさんたちも・・・

しかも、そのコーチさん、私の大学時代のバスケ部の男友達と高校も大学も同じで、今も連絡を取るらしく、心強い。バスケ部は同期のキャプテンも同じクラスでした。

過去の人脈に助けられ、ふと我がことながら感動して涙が出てくる。

 

がんばりま~す♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2014-01-22 13:01 | スポーツ

義父のお葬式③

 

ものすごく近い人のお葬式の体験はないけれど、幼いころから年の割にはお葬式を経験することが多かった。

実家は田舎なので、いい意味で生と死の生々しさが近い環境にあったように思う。

親元を離れてからも、大学時代の入院中にクラスメイトが交通事故で亡くなったり(東京の病院から外出して岐阜県でのお葬式に参列した)、白血病の患者さん二人と同室だったこと、同室の女性がその後亡くなったこと、その他、美術作家の助手時代には、その作家のお兄さんが亡くなる過程を近くで見たし(臨終にもたまたま立ち会った)、自分自身も10万人に一人という病気で入院したこともあるし、人からの相談事も含め、何かと死について直面することが今まで多かった。

なので、いつ頃からか、亡くなった遺体はまさに亡骸で、肉体には魂が宿っておらず、死んでしまったら、その遺体にその人はいない、というのを実感するようになった。

それもあって、葬儀場で初めて対面した義父は、息をしていた頃の義父とはまったく違って見えて(見かけという意味ではなく、実体がない)、悲しいとかそういうことは感じなかった。

長いこと病んでいたから、周囲に覚悟ができていたのも大きい。

若い時の不慮の死などは本当に悲しいけれど、年老いてからの死は自然なわけで、死は悪いことではない。

今回の義父も、現代の「死なないようにさせる」医療を受け、本人の意志ではなく周囲の意志で生き延びさせられているように見えた。

もちろんそんなことは口にしなかったけれど、死によって、不自然な苦痛から解放されたと思う。

病を得ると「老いのレッスン」と感じることがあるけど、そうやって客観的な「死のレッスン」をさせてもらいながら、大事な人や自分の番を迎えるんだろうなあと思った。

 

花がたくさん飾られた立派な祭壇を眺めながら、こうやって暖房の効いた部屋で、ありがたい進行とはいえ、システマティックな葬儀を行えるというのは、恵まれたことなんだろうなあと思った。

東日本大震災ではお葬式も出せなかった人がいっぱいいたわけで・・・

裸で生まれるのが誕生で、裸で自然にかえっていくのが死だとすれば、人間の人生は(葬儀場の飾りも)、なんと余計なものでゴタゴタと飾られるのだろうとも思った。

人はどこから来てどこへ行くのだろう、ということも考えていた。

 

ゴーギャンの有名な作品・・・「我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々はどこに行くのか?」

 

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棺に入れる花が配られた時、手にした胡蝶蘭の形状をまじまじと眺めながら、私のこの異常な好奇心は何なのか?と思ったりした。

宇宙からたまたま今の地球に来て、目にするものが珍しく、しっかり見ないと気が済まない、という感じ。

出会うすべてがおもしろくて、たまたま今、自分が置かれた場で遊んでいる感覚。

魂について、はっきりとした結論めいた考えを持っているわけではないけれど、たまたま今ここにいるんだと思うと、なんだか気が楽になる。

死後の世界も心配よりも楽しみだけれど、とにかく生きられる間は、精一杯この世を楽しみたいなあと思う。

 

過去に書いた死に関するブログを載せておきます。

<生と死の快楽> (最初に書いたのは、2006年5月)

http://hihararara.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-6c91.html

 

 

 

 
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by hihararara | 2014-01-18 11:01 | 家族

義父のお葬式②



私が、スッキリサッパリした気持ちでお別れを迎えられたのにはワケがあり、決して、薄情に、非常識に、お通夜の前夜も飲みに出かけるようなそういうふるまいをしたわけではない。
(夫が変に「嫁として」とかを押し付けないタイプのおかげもあって、自由に出かけさせてくれて感謝だけど)

次男の嫁として、この10年余り、自分にできることは精一杯やってきた自負があった。

嫁いだ時、夫は兄のことを結婚式に呼びたくないほど兄弟仲が悪かった。というよりは、幼少期の体験から、夫が一方的に兄や両親を憎んでいた。

その関係が私にとっては不思議でならず、また、初めての子が生まれた時に、決定的に夫が実家へ行きたくないと言い出したので、なんとかしなくては、と思った。

今思えば、夫には夫の気持ちがあったわけで、そっとしておいても良かったのだが、私は田舎の大家族で育った分、自分の子供にも、できる限り、おじいちゃんやおばあちゃんと接しながら育ってほしいと思った。

核家族の分、私の実家にも夫の実家にも、ある程度の努力をしてでも連れて行って、双方のおじいちゃん、おばあちゃんにかわいがってもらって育てたかった。

夫はともかく、私にとって義父母は嫌な人ではなかったので、なんとか仲を取り持ちたいと思い、私の両親を巻き込んだり、紆余曲折後、夫と兄は、義母の親戚の前で話し合いをし、仲直り、という形をとった。

夫の実家で義父母や兄家族とそろったことが一度もないというおかしな関係だったけど、その後、義父の母親の葬儀があり、そういう場のおかげで、夫も兄家族と接し、いざ同じ場にそろえば、甥っ子はかわいいし、兄と話をすることもうれしそうに見えた。

でもまだその段階では、夫の義父側の一部親戚に向けての態度は悪かったが、その3年後の今回は、目に見えて違っていた。

喪主である兄とお母さんを支え、夫はしっかり自分の役割を果たしていた。

親戚への態度もとても良かった。

3年前は明らかに悪い態度を取った相手に対しても(夫にとっての理由はあるのだけど)、明らかに良い対応をしていた。

私は何より、夫がお兄さんと笑顔で話ができるようになり、義父を見送れることがうれしかった。

結婚当初では、考えられないような関係性だった。

当たり前が遠かったので、それでじゅうぶんだと思ったし、私が結婚したことで、夫の家族が再びつながり合うきっかけとなったとしたら、光栄だと思った。

夫の親族で、これまでの日々を知っているおじさんおばさんにも、お礼を伝えた。



**********



スッキリサッパリ割り切っているつもりの私だったが、お葬式で自分の両親の姿を見たら、義父への思い以上に、結婚してからの13年余りを振り返って泣けてきた。

夫とは力いっぱいケンカしてきたし、夫の家のことでも両親を巻き込み、迷惑をかけてきた。

私が夫と結婚しなければ、夫の家との縁は私の親には生じなかったわけで、義父の葬儀に私の両親が参列すること、これが結婚なんだなと思ったりもした。

まだたった10何年だけど、確かに歴史を感じた。

もちろん、元気だった時の義父を思い出しても、涙があふれた。

初めてお会いした時のこと、夫に連れられ、夫の実家に挨拶に行った時、笑顔で迎えてくれた義父母。

その時履いたスリッパに、値札のプラスチック部分が付いたままで、ちくちくした感触を感じながら、「新しく買ってくれたんだなあ」とありがたく思った。

結納や結婚式、晴れがましい気持ちとは裏腹に、その後に知った想像以上の夫の家への思い。

たいしたことはないかもしれないけれど、私にとっては激動の日々が確かにあった。

でも、私は自分を譲らなかった。

私が目指したい方向は、「自分のため」ではなく、みんなにとっても真理だと思えたから。



実家に行きたくないと言っていた夫が、子供を連れて、私なしでも実家へ行った日に、長年のたたかいは終わったと思った。

よかったなあと心から思った。

私にとって、結婚後に知ったことは他にもあって、夫を紹介してくれたRさんに久々に会った時、愚痴を言おうかと思った。

でも、Rさんは、私に夫を紹介したことを詫びることは全くなく、あっさりと上手(うわて)だった。

「おそうじおそうじ!」

私は、夫の家系(魂の系譜?)をお掃除するためには必要だったらしい。

ま、そんなことがあったし、義父が病んでからも私なりにできることはしてきたつもりだったので、悔いがないし、タイミングよく亡くなってくれたことも、ありがとう、と同時に、ある意味納得という気持ちでした。

今回、まるでお産のタイミングみたいに、「17日頃だよ」というのが感じられ、命日なのか葬式なのか、いずれにしても、夫も私も子供たちも年賀状を出し終え、ソフトボールや柔道の試合を済ませ、次なる重要な行事(夫にとっては柔道の新年会の幹事、私にとっては大学の新年会の幹事)の合間に、お別れの時間を迎えられた。



義父の遺影に使われた写真の中で、たまたまだろうけど、義父は、夫が初任給でプレゼントしたというネクタイをしていた。

夫は満足そうだった。

棺が花で満たされたタイミングで、夫が初めて、私たちもいる場で涙を見せた。

それを見て、次男はようやく、退屈だったお通夜やお葬式が重要なものだとわかった様子。



兄嫁さんともいっぱい話せて楽しかった。

色々色々、よかったなあと思う。



<家族は変容していく>

小説にも書いたけれど、本当にそうだと思った。

円満な家では決してないし、夫と死ぬまで添い遂げるかは正直わからないけど(なにごともわかりません)、あの頃には見られなかった関係や風景が見れて、それが過去よりよきものだったりすると、やっぱり続けていこうかなと思ったりする。




























































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by hihararara | 2014-01-18 11:01 | 家族 | Comments(0)

義父のお葬式①

 

フィクションという名のもとに自由に書ける小説とは違い、ブログは基本、ノンフィクションなので、今までも夫の「側」のことはあまり書かないようにしてきた。

そんなわけで、今回、中途半端な書き方になるかもしれないけど、自分のための記録として書いておく。

 

6年も寝たきり状態の義父が、12月になって何度か危篤状態となり、Xデーはいつなのか、という日々だった。

新しい予定を入れるのを控えたり、年賀状も、どう準備したらいいのか、という感じだった。

お見舞いに行って、おそらく先は長くないと誰もが思いながらも、「おとうさん、ありがとう」という言葉を口にすることはできず、ひたすら、心の中で義父に呼びかけた。

ちょうど、友達を介して考えるようになっていた「非言語のコミュニケーション」の時間だった。

触ったりさすったりには何の抵抗もないので、いつもお見舞いに行く時は、こちらのことがどこまでわかっているのかわからない義父の手や背中やおでこを撫でた。

呼吸が苦しそうだった時、私が背中をさすってはっきりと楽な様子に変化した時は、何かが通じたようでうれしかった。

結果的に最後のお見舞いになった時、私は頭と心で、ある場面を思い浮かべ、具体的に義父に感謝した。

『赤土に咲くダリア』はすべて事実ではないけれど、あの小説にも描いた場面、

~そしてそのタイミングで、本当に不思議なことなのだが、玄関から義父が煙草を吸いながら出てきた。~

あの時は、本当にテレパシーが通じたと思った。

私はそのたった一点だけでも、生涯義父に感謝しようと思った。

理屈ではない「通じ合えた瞬間」というのが、たとえ単なる偶然でも、人生の支えの一つとなることはある。

私は病室で、その場面について、義父にしっかりお礼を伝えた。

義父にもしっかり伝わったような気がした。

 

夫は律儀に、昨年末に印刷して宛名まで書いていた年賀状を、元日を待って投函した。

私は元々のずぼらさから、いただいた方への返事を書いた。

途中で義父に何かあったら、文面を変えるべきなのか、など思いながら・・・

結果的には無事にすべて、年賀状をお出しできた。

 

ものすごく現実的な話だけど(誰でもそうだろうけど)私は、1月24日に、早稲田の新年会の幹事をやる都合上、その日がお通夜になったら困るなあと思っていた。

前回のブログに載せたように、12、13はソフトボール、柔道の試合と続き、15日には予定も午前と夜に入っていた。

カレンダーを眺めながら、単に私にとって都合がいいのか、それともそういう頃合いなのか、「17日くらいだよ」という声が、どこかから降ってきた。

勝手にそう思った、そう願った、感じとった、どういうわけかわからないけど、17日に何かがあると思いながら過ごしていた。

あまりに強く感じられたので、紙にでも記録しようかと思ったけれど、現実化するのも縁起が悪いので、控えた。

すると・・・

危篤でみんなが集められた時とは外れた形で、14日の午前、名古屋の会社の夫から電話があり、「今、亡くなった」と。

その後、お通夜は16日、お葬式は17日と決まり、結果的に、15日の予定も無事に叶えられ、私にとっては、とてもいいタイミングでのお見送りとなった。

こういうことってありますよね。

タイミングが合う人とは合うし、合わない人とは合わないってこと・・・

15日の禅ボディワークは、このLove the Momentでも執筆してくださってる、りゅうえいさんの実家のお寺での開催で、ふだんは東京にいるりゅうえいさんが、阪神大震災の慰霊祭に合わせて豊橋に立ち寄った形だったんだけど、同じ曹洞宗のお寺で、ボディワークに入る前に、みんなで般若心経を唱えた。

義父に向けて唱える前に、別の場所で、このタイミングでの般若心経に笑いつつ、すべて私にとってはピタッと当てはまる流れだと思った。

その後、座談会の前においとまし、葬儀場へ直行(夫たちと合流する予定がニアミス)。

湯灌を済ませた義父と、死後初めて会う。

義父には、さりげない死化粧が施されていて、パッと見た印象があまりにきれいで、「わあっ」と、悲しみよりも感動が勝ってしまった。

その反応を素直に葬儀場の担当の方の前で示し、おかげで話が弾み、色んなご葬儀の裏話も聞けて、事前にとても勉強になった。

色々とお話したけれど、印象的だったのは、参列者をお迎えする側の家族や親族の動きに迷いがないと、参列する方も混乱しない、みたいな話。

例えばお焼香の仕方にしても、担当の方が導いてくれて、それに従ってうまく家族が行えば、確かに参列者もうまく準じることができ、場全体がまとまっていく。

実は年末に、近所の方が亡くなり、お通夜に参列したのだけど、その時見た、親族側のみなさんのふるまいや、近所の年上の奥様方3人の、練習したの??って思うほど素晴らしかった「シンクロナイズド焼香」について思い出していた。

そうか、今回は、私もお迎えする側なんだ、と思ったら、出演者として、ひとつのショーや舞台に上がるような気持ちになった。

結婚式に参列し、「ああ、いい結婚式だった」って思うことはよくあるけれど、お葬式だって、「ああ、いいお葬式だった」というのはあり、次男の嫁として、かげながら、そういう場にしたいなあと思った。

私の中で、義父への思いは、納得した形でお別れを迎えていたので、スッキリサッパリした気持ちで、お通夜やお葬式をがんばろうと思った。

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2014-01-18 10:01 | 家族

一週間 (プロローグ)

 

本題は次の回で書くとして、

昨日、FBに書いた二つの記事より抜粋。

 

■今日は義父のお葬式でした。  「いいね!」押しにくいでしょうけど、大丈夫(笑)  次男の嫁として、精一杯尽くしたから悔いはありません。

昨日のお通夜の時のお坊さんの、「よく、身内に不幸が、と言われますが、死ぬことは不幸ではないんですね・・・(中略)・・・故人のご縁で皆様方が今日集まってくださったことは幸せです」みたいな話も良かったし、核心部分はまたゆっくりブログにまとめます。

 

■改めてブログにまとめたいことを、ここで小出しに書いてるわけだけど、この1週間は忙しかったぞ~~

11日 神社で新年のご祈祷 (その後出かけた某回転ずしで、よそのご家族にひょんな事故発生で救急車~しばし騒然)

12日 ソフトボールの交流試合 (配車当番) 夜、小説について編集者と電話

13日 柔道の市内大会 (次男が3位)

14日 ベジモ小林くんが中日新聞に出て、記者の西田くんに紹介した身としては色々宣伝もしたかったけど、午前中、義父が亡くなる。

15日 午前 禅ボディワーク参加(呼びかけた責任もあり) その足で葬儀場 夜は早稲田の幹事会(実行委員長を務める新年会についてなど)→真臣と真剣に打ち合わせ→いつものオヤジ飲みに合流→深夜遠方のOBさん含め車で送る

16日 昼間新年会の台本作成などなど ★夜、お通夜

17日 お葬式~

 

義父の死を茶化して書いてるみたいだけど、そうじゃないです。その辺の思いはブログへ・・・

特筆すべきは、★のタイミング。  通夜に向かうために乗った車が前夜の送りの関係で酒くさくて笑った!! その時、OBさんに思わず送った一句。

 

通夜にゆく

車の中が

酒くさい

(子供らぶーぶー)

 

ゆくは、行くと逝くをかけています(それがいいのかどうかは知らん)。 この句は、私の人生を表してるなあと思う!

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ほんとうに、記憶に残る一週間なので記録したいと思いました。

そしてさっきまたFBにUPした記事。

<のんびり土曜日~
昨日、めまぐるしかった1週間について振り返るうちに、子供の頃歌った『いっしゅうかん』の<テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャ テュリャリャ~♪>の部分が頭に浮かび、聴きたくなって検索したら、UAが歌のおねえさんをやっていた頃の映像が出てきたのでそれをシェア★

http://youtu.be/kg-tWoNNdKM

この番組、まさに子供が小さい頃見てたよ~
ちなみに、この「いっしゅうかん」は編曲が菊地成孔さん(笑)

私はUAの声の「グリーングリーン」が好きでした。
http://youtu.be/xpb2jbVM2ZM

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2014-01-18 02:01 | 日記

近況

 

前回のブログの翌日には「木槿」さんに行き、その話もまとめたいけど、12、13と、ソフトボールの試合、柔道の試合と重なり、明けた週に、身内の不幸があって、更新できずにおります。

どれもこれも、丁寧にまとめたい内容です。感じ入る日々。すべて納得で落ち着いています。

そんな中、今日(15日・・書いてるの深夜)は、お寺での禅ボディワークに参加、夜は早稲田の幹事会で、24日の新年会の話をしました。

なんといつの間にか180回以上再生されている告知動画。

次の更新までの間の宣伝として載せておきます。
http://youtu.be/yWrmRVWEEu0

お近く(東三河)に早稲田の出身者がいらしたら、お知らせください。当日参加もOKです。

<新年会ご案内の記事>

http://www.l-t-m.net/blog01/?m=20131207

 

人生はすべてショーよ!(その意味は、また後日書きます)

どれもこれも、出演者の一人としてがんばります。

 

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2014-01-15 16:01 | 日記

『利休にたずねよ』

 

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市川海老蔵主演の映画『利休にたずねよ』を観てきました。

公式HP

http://www.rikyu-movie.jp/

 

 

元々私は海老蔵が好きで(新之助の頃から)、観たいと思っていたけど、信頼する人たちがあちこちからこの映画の話をしてきたのと、お正月の海老蔵一家のドキュメンタリーのエンドロールを見ていたら、元いた制作会社と同期の名前が出てきたので、絶対!と思って行ってきました。

映画の感想を一言で言うのなら・・・

「死よりもゆずれない美がある」

ってことかな~

自分にも、世の中に対しても、重なるところがありました。

次元はまったく違うけど、私自身、絶対にゆずれない感性のために(美意識と言えばいいのか)、身近な人とのケンカを繰り返してきている(ケンカというよりは、大事な相手だからこそ自分の意見を伝えている)。最近もくだらないことから大事な人とケンカ?しましたが(くれぐれも書くけど壊れない関係性前提)、思い出したのはまだ独身の頃、父との大ゲンカ(始まりはダイオキシン)で「自分の思うこの正義感が通じない世の中だったら死んでもいい」とぎゃーぎゃーやったこと(その後父が私の作った煮物を褒めてくれた思い出)。そのくらいの激しさを持ちながらも、子供を持った今はもちろん、生き延びなくちゃと思っている。

表現者としては、死よりもゆずれないほどの美を、一生かかって見つけたいなあという思いと、上と重複するけど、お母さんとして子供の命を第一に、自分も生きなくちゃと強く思う。

 

この映画で印象的に出てくる木槿(むくげ)の花。

たまたま私の小説が店内の本棚に置いてあるという、豊橋のパン屋さん「木槿」のことが気になっていて、ちょうど昨日友達が立ち寄ってくれたこともあり(本は貸し出し中だったそう)、「むくげってどんな花かな?」と思っていたら、映画に出てきて、説明もあった。

 

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調べると、原作の表紙にも使われている。

 

 

 

 

 

 

映画の中での木槿は、「木槿の花は一日しか咲かないが、生きている今を喜んでいる」みたいに出てくる。

ということで、近々「木槿」さんにも行ってきます。
そして、海老蔵演じる利休が口にしていたこの言葉を伝えてきます(笑)

 

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映画の後で友達に送ったメールより(映画の内容とは関係ないけど、記しておこうと思い・・・)

<前の方で、開始10分後にいびきかき出したオッサンがいて、
集中したいし、静かな映画だからよほど注意しようかと思ったんだけど
(そんなの初めて!子供が泣くことはあるけど、何しに来たんだおっさん??
館内に響き渡るいびきだよ!!)
でもね、終わって、その人の顔をよーーく見たら、
太ってて短髪で黒いズボンで、男か女かわからないの!!
オッサンかオバサンか・・・

なので、しばらく様子見てたら、女子トイレに入ったので、オバサンだった!!

腹立つよりは、あれ、間違いなく睡眠時無呼吸症候群と思い、よほど、「いびき、すごかったですよ」
って教えようかと思ったけど(映画館でのいびきの大きさを知っておいた方が今後の彼女のためにも良いように思い)、トイレからなかなか出てこないので帰りました(笑)

(いやーほんと、いびきにびっくり!オバチャンってことにびっくり!でした)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2014-01-09 06:01 | 映画

最近のFB三つ

 

圧巻!(めぐりやさんのランチメニューについて↓)

http://kbansei.jugem.jp/?cid=29&PHPSESSID=a3c726bae2ae55808573131ab28000b0

年末年始、夫が長い休みの間中、料理してくれていたのはありがたいけど、どうしても、夫の料理は肉や油ものが多くて(それでも色々気にしてくれるし、もちろん感謝)、実家の母のお節料理も毎年美味しいけど砂糖たっぷりで、今日からようやく私の日常料理に戻りました。

実家でもらってきた野菜中心で、特に今日のお吸い物は、大根とにんじんと里芋とさやえんどう入りで、私にとってはこの時期の実家の味でもある。

夫はつゆのもとドバドバだけど、やっぱりあれは舌がピリピリするし、今日、削り節と昆布で出汁とって、井上醤油と塩で味付けしたら、根菜のうまみと合わさって、深い美味しさとなりました。息子らも納得してたよ。  (・・・と、夫息子が別室にいる間につぶやいてみる)

 

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私は私の友達を誇りに思うよ! ニューヨークのよしえちゃんのブログ。 http://www.l-t-m.net/blog02/?p=2624

改めてご紹介すると、アナ研同期のおいちゃんの奥さんです。

今年、一家は本帰国するそう。 おいちゃんは学生時代から、よしえちゃんはおいちゃんの結婚式で知り合ったけど、今ではすっかり親しくしてます。 お互いの変遷を見守ってきたので、色々感慨深い。 (今ふと思い出したのは、『赤土に咲くダリア』を一気に書き終えて手が腱鞘炎だった時に、一時帰国中だったおいちゃん夫妻と名古屋城へ行ったこと)

愛知県は今日から学校ですね。  大人も子供もがんばろー!!

 

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発売時(2007年)に図書館で借りて読んだ井上荒野の『ベーコン』を、「今ならもっとわかるはず!」と思って猛烈に読みたくなり、今までもその波はあったんだけど、文庫版を買う気がなかった。

私はすごく気に入った本は、単行本の状態で欲しくなり、発売時は買わなかったのに、後になって文庫よりも単行本と思うことがたまにある(それほど私にとっては価値がある本)。

というわけで『ベーコン』、今アマゾンで探したら、あったので(新刊もあったけど、中古で)購入した。 ついでに、前々からこれも単行本「も」欲しいと思っていた『赤目四十八瀧心中未遂』も(こちらも中古で自信を持っていそうなところから・・・。『赤目~』は、単行本の新刊はないので、ある段階からプレミアがついてる)。

発売後だいぶ経ってからも新刊の単行本を売っているという本はなかなかなくて、『ベーコン』については重版後の在庫が売り切れてないという気がするけど、例えば村上春樹の『ノルウェイの森』は、いまだに単行本も売れ続けている。あまりに有名なクリスマスカラーの上下巻を持ちたいという人が多いんだと思う。  私自身も、『ノルウェイの森』は、いずれ息子らが読んでもいいと思って、文庫を持っていたのに改めて単行本も買った。

今実は私自身は電子書籍の出版を考えているけど、やはり紙の本で、ずっと持っていたいと思われる本を書けたら最高!

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2014-01-08 11:01 |