<   2013年 09月 ( 9 )   > この月の画像一覧

放射能講座のお知らせアゲイン。

 

来週10月2日に迫りました、放射能講座のお知らせを再度ここへ・・・

現在60名ほどのお申し込みですが、会場に余裕があるのと、リハーサルしてもらった内容(パワーポイントを使った講座をネット中継で)が、放射能についてのわかりやすい解説と、東三河に特化した内容込みでとても良いので、迷っている方、平日の午前中で申し訳ないけど、よかったらいらしてください!

詳細はこちらです(お申し込みは、記事に出ているメールアドレスからお願いします)。

http://www.l-t-m.net/blog01/?p=3969

 

実は3日前に、中日新聞の取材を受けました。

載せてもらえるのか、いつ載るのかわからないけど、またご報告します!

 

 
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by hihararara | 2013-09-28 00:09

「潮風の村から~ある女性医師の軌跡」

 

9月21日、渥美文化会館へドキュメンタリー映画「潮風の村から~ある女性医師の軌跡」を観に行ってきました。知っている方たちも複数登場していました。

この映画について知ったのは、大学もサークルも後輩に当たる那須くんの記事でした。

(中日新聞 2013年8月29日の記事より・・・
http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20130829/CK2013082902000058.html

これ、とても良い記事で、いずれ消えてしまうのがもったいないので、転載させてもらいます。以前、新聞社に日付と出典載せれば転載大丈夫と伺ったので・・・)

 

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渥美半島から長年、性教育の重要性を発信している田原市の産婦人科医北山郁子さん(87)の歩みをまとめた映画「潮風の村から~ある女性医師の軌跡」が完成した。ドキュメンタリー作家の山上千恵子さん(70)=京都市=が監督を務め、農村で「女性としてのありよう」を模索し続けた北山さんの葛藤や苦悩も丹念に描いている。三十一日開幕の「あいち国際女性映画祭2013」で上映される。

富山市出身の北山さんは、東京女子医学専門学校(現東京女子医大)を卒業後の一九四九(昭和二十四)年、内科医で夫の故吉朗さんが泉村(現田原市江比間町)に開設した診療所に移り住み、自身もそこで内科医として働き始めた。

地元とのつながりはなく、女性の社会進出も盛んではない時代で、孤独感や無力感を味わった。二十代後半から「自分を生かせる仕事がほしい」と考え、名古屋大に通って産婦人科医として必要な資格も取得した。

日々の診療で女性たちと向き合う中で、性の知識不足や女性の人権を軽視する意識が暴力やセクシュアルハラスメントにつながると実感。七〇年代から若者への性教育の普及に力を注いできた。「男女とも互いの体を大事にすることを指導するのが性教育の基本。性イコール人格です」と語る。

ドキュメンタリー作家の山上さんは二年前、知人を介して北山さんを知った。「高齢になった今も、渥美半島から性を通して命を大切にする活動を続ける現役医師の女性として支持されている」と映画にすることを決め、一年半の間に何度も田原市に通ってインタビューを重ねた。患者に寄り添う北山さんの日ごろの姿も撮影した。

北山さんは性教育について「最近でも性を有害なものとして触れない教育現場もあり、どこまでを教えるべきかの線引きが課題」と指摘する。山上さんは「閉鎖的な半島で生きるたくましい女性の生き方に、勇気をもらった私の気持ちを表現した」と話す。

映画は八十四分、カラー。あいち国際女性映画祭では九月六日午前十時から、名古屋市東区のウィルあいち、同月八日午後一時半から設楽町の県奥三河総合センターで上映される。

田原市でも同月二十一日午後七時から、渥美文化会館で上映を予定している。

(那須政治)

 

***********

 

この情報を頼りに、絶対観に行こうと思って、実家の母にも声をかけたら、母もこの記事を見て是非行こうとカレンダーに印をつけていた。というわけで、一緒に観賞。

全体通して、北山郁子先生の信念と、チャーミングさが伝わる、とてもいい映画だった。

郁子先生の存在はもちろんずっと知っていた。北山医院は私が通った小学校の近く。

亡くなったダンナさんの吉朗先生は、私が小さい頃、寝たきりのひいおばあちゃんの往診に来てくれていた。水色のワーゲンに乗ってやって来る穏やかな先生。私は先生の往診が楽しみだった。子供心に「外からの風」を感じていたような気がする。

郁子先生について具体的に知ったのは大人になってからだった。

私は、23歳の時、子宮内膜症を患い、それをテーマに処女小説を書いた。東京で暮らして、島根へ移動して、その間に東京女子医大病院、島根医科大学病院で手術を受け(東京から島根に移動した2年間で小説を書き、群像新人文学賞に応募し)、紆余曲折あってヨーロッパを旅して、帰国三日目に、群像編集部から電話があって、最終選考に残ったと知らされた。

そのため、しばらく実家に住みながら小説を書こうと思い、地元でのおもしろい出会いを探す中で、当時ご存命だった杉浦明平さん主宰の読書会に参加するようになった。

NHKで取り上げられて知った会だったが、杉浦明平さんを慕い、尊敬する方々が何人か集まり、まさに明平さんのご自宅で、課題図書を読んで意見を交わし合っていた。お年を召した明平さんが出てくることは私の参加中はなかったけれど、文芸に詳しい方のご厚意で、明平さんにも一度お会いしたことがあった(最終選考前で、小説の題名を聞かれ「チョコレート色のほおずきです」とお答えしたら、「タイトルが悪いなあ~」と言われた思い出:笑)。
ごちゃごちゃ書いたけど、つまり、北山郁子先生もそのお仲間の一人で、お会いすることはなかったけれど、お名前を聞いたり、「海風」という同人誌にも短歌や文章を寄せていた
(読書会主宰の上村さんが「海風」が終了するまで、結婚後も何年も送ってくださっていたので、郁子先生の文章も何度も読ませていただいた。その上村さんにも、映画で久々にお会いできた)。

私のテーマはまさに、子宮の病気や女性や性だったので、郁子先生にも読んでいただこうかと思いつつも、郁子先生の専門分野だからこそ恐縮し、結局、出版後もお送りできずにいた。

そんなことがあったので、お会いしたいけどお会いできずにいた郁子先生の歩みを、映画という形で拝見でき、また、上映後にはご本人ともお話でき、感激でした。

 

映画には、多面的に共感・触発された。

戦争も体験された郁子先生。

印象的だったのは、上映後のトークショーで、監督もポイントとなる場面として挙げていたここ・・・

結婚して間もない頃、吉朗先生とともに、東京でお世話になった方にご馳走していただいた時(まだ食事が配給だった頃に配給外で)、「あなた(郁子さんと結婚して)得したわね~」と言われた吉朗さんが怒ってしまい、それを見て郁子さんも「夫の意に従って生きなければ」と思った。でも、のちにそう思った自分について「あれがまずかった」としみじみと語った場面。

わかるなあと思って、笑いながらも涙が出そうだった。

現代以上に、夫を立てて、夫の意に従う生き方を女性が強いられていた時代。郁子先生がそう思ったのも当然だろうけど、そのために、自分で自分を苦しくさせてしまった。

「自分が暗いから、人にも明るく接することができなかった」

とおっしゃっていた。

やっぱり、私も常々思うけど、まずは妻や母である前に、自分なんだと思う。自分がのびのびと自分を肯定できたら、夫にも子供にも明るく前向きに接することができる。

私は、夫の意に沿うタイプではないけれど、結婚当初の戸惑いは、『赤土に咲くダリア』でも表現した。みんなはそういうものと流せることが流せず、苦しかったし、今もそういう時がある。

横にそれるけど、最近読んだ女性学者の上野千鶴子と湯山玲子の対談本『快楽上等!』で、上野さんが「(フェミニズム研究で)男女平等を目指していたかと思っていたけど、私が求めていたのは「自由」だったんだと気づいた」みたいな部分があり、それにも大いにうなずいた。

全体を通して、郁子先生の歩みは、社会活動も、性教育の普及も、私からすると、ごく自然当然のことで、なぜ叩かれなければならないのだろう、と思うけれど、閉鎖的な渥美半島において、すごくたいへんな思いをされたと思う。

半島の素晴らしさと生き難さは私も生まれ育った分、よくわかるので・・・

冒頭で書いた水色のワーゲンが象徴するように、北山夫妻はハイカラで、敢えて書くならブルジョワで苦がないように感じていたけれど、苦悩の連続だったんだなあと知りました。

お二人が築いてくださったものはとても大きく、半島の(活動によって全国においての)意識を底上げしてくださったと思う。

 

印象的だった言葉「性は人生そのもの」

私もまったくそう思います。

性は人間の中心なのに、タブーとして扱われることにずっと疑問があり、だからこそ私は書き続けています。

 

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上映後のトークショーの時、山上千恵子監督が、「最初に北山先生を紹介された時、お化粧バッチリだったので、偏見を持ってしまった」と言っていて、それも同性としてはわかるなあと思った。

お化粧バッチリ=女性を売りにしているとか、化粧する暇もなく活動に勤しむ女性の方ががんばってる、みたいな空気も確かにある。
でも私は、お化粧バッチリの可愛らしい北山郁子先生(話し方やソプラノの声も素敵)だからこそ、一層素敵と思いました。

化粧っけも色気もなく活動している女性は、ガミガミしてカサカサして見える。

実を言うと、私自身、3.11後の社会活動を始めた時、絶対にカサカサした女に見られたくないと思った。なので、学校給食を放射能汚染から守るための要望書を出しに行った時も、それなりにお洒落して向かいました。

鮮やかめのスカートはいて、首にも赤いシフォンのショール巻いて・・・(その姿で新聞に載ったわけで)。
セルフプロデュースとかイメージ、「人からどう見られるか」というのは、活動に多くの味方をつけたい時は重要です。

自分では自覚してなかったけれど、上述「快楽上等!」の中で、「女装」「ブル転」という単語が出てきて、勝負の場で、敢えて「女装」し、「ブル転」(これ、調べても出てこないけど、ブルジョア転向という意味合いで私は読んだ)することが与える、世間や男たちへの威嚇まではいかないけど、効果的な使い方については、私も実感している。

なので、郁子先生がいつもお化粧をしっかりして、髪の毛も服装も美しくしていることは、彼女の美学であると同時に、理にかなった(本人は自覚しなくても)戦術であるのだ。

この件については、トークショーの時の質疑応答の最後に、郁子先生のお孫さんの女性が、先生の気持ちを代弁してくださった。

「子供の頃、『おばあちゃんはどうしていつもお化粧しているの?』と聞いたら、『産婦人科の先生がきれいにお化粧してなかったら、来てくれた患者さんが元気が出ないでしょう』とのことでした」

(みたいな内容・・・正確ではなくてすみません)

これには会場みんな、大拍手!
たまたま、帰り際、郁子先生にご挨拶した後で、このお孫さんにもお会いできたので、母と一緒になってお孫ちゃんを褒めました。

手を握り合って、おばあちゃんの素晴らしさについて、熱く語った。

 

この日、会場には100名ほどの観客が集まり、女性が多かった。

印象的だったのは、会が終了した後、そこかしこで、女たちの井戸端会議が始まっていたこと。

うちの母も、親戚として抱える老人介護の問題に悩んでおり(祖父母たちをしっかり見送ったのに、まだ本家としてのたいへんさが続いていて)、仕事でお世話になってる女性に悩みを打ち明けていた。

女性たちのおしゃべりが、あちこちで続いている様子を見て、ああ、女たちはこうしてこの半島で(遠方から来ていた方も多かったので、もちろん全国で)の暮らしを乗り越えてきて、今もただなかにあるんだなあと思った。

 

なんだかまとまりないけど、このブログを書く前に、郁子先生にお手紙を書き、先生とお話した時に興味を持ってくださった私の小説2冊も、発送するために梱包の準備中。

遅くなっちゃったけど、私にとって、郁子先生との出会いのタイミングは今だったのかもしれない。

結婚し、子供も生まれ、幸せながらもいつも、夫と子供のことで何らかの悩みを携えている40歳の今。

映画を観て、今だからこそ、感じ得ることのできた気持ち・・・

もともと、小説に限らず、自分の表現活動を通して、人々の固定観念を壊したい、みんなをもっと解放・開放したい、なんて思っているけど、その思いを一層強くしました。

家庭を第一に、ゆっくり色々やっていこうと思います。

 

余談ですが、地元には、高畠郁子さんという日本画家がいらして、展覧会の後、たまたま美術館に電話した時にご本人がいらしたので電話で話せたことがあったけど、トガった活動をしていた時期もあったのに、語り口がやさしくて驚いた。

今回の北山郁子先生にも同じような印象を持った。

お二人はスケール感が重なるのと、同じ郁子というお名前なのもおもしろい。

何より長寿なのが素晴らしい。

 

郁子先生、山上監督、映画に関わったみなみなさま、ありがとうございました。

 

 

☆CBCの取材が入っていたので(イッポウかな?)そのうちテレビでもやると思います。

 

 

 
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by hihararara | 2013-09-23 06:09 | 映画

お月見

 

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めっちゃ思いつきで夕方だんご粉を買って、我が家のウサギがペッタンペッタンついて、お月様にお供え!〇〇〇
外灯やよその家の灯りもあるんだけど、たまたま月とだんごが浮かび上がった写真を見ると、電気がなかった頃の昔の人は、本当に月に感謝と畏敬の念を持っていたんだろうなあと思いました。

 

 

 

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ネットで拾った「月見団子の由来」より・・・
<昔から我が国では秋に新穀の取入れが終わると、その新穀を神仏にお供えし感謝をする風習がありました。藤原氏の時代の中期頃より宮中では9月15日の満月に新穀を粉にし、それをだんごに丸くまるめ平年の年は12ケ、うる年には13ケと萩とすすきと共にお供えしたとされています。 いつのころからか一般市民も9月満月の夜には月見だんごと萩とすすきを共にお供 えし日々の食物に感謝する事を忘れぬ様にしたと言い伝えられています。>

 

 

 

 

 

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中秋の名月は必ずしも満月ではなく、今年はちょうど満月に当たったけど、次の中秋の名月と満月が重なるのは2021年だそうで・・・(昼間のラジオの情報)  実家では祖母や母がちゃんと月見団子作ってたなあ~と思い出しつつ、いびつなお団子、これから月の光を浴びながら、きなこや黒蜜でいただきます♪

 

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2013-09-19 11:09 | 家族

「みんな!エスパーだよ!」ロケ地二つ。

 

一つ前に、真面目な映画の記事を書きました。

その映画館の行きと帰りの撮影分より・・・(映画で泣いた後にココに寄ってるのが私らしいかと思って同時にUP)

 

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「みんな!エスパーだよ!」という、私が一時期ハマった地元舞台の深夜ドラマがありましたが、そのロケで使われた「ホテル正岡」が今日の映画館のすぐ近くにあったので、思い立って行ってきました。

というか乗せていってもらった男友達との流れで・・・(笑)

ドラマのことを知らない人からしたら、ラブホの写真UPなんて!って言われそうだけど、実物見て感動・・・☆

なんといっても、ロケーションが素晴らしい。

ドラマの時も思っていたけれど、バグダッドカフェの雰囲気に似てる。

 

 

 

人様のブログよりお借りした、バグダッドカフェの映像より・・・

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映画は砂漠の中に現れるカフェやモーテルだったけど、今日のホテル正岡は、稲穂の中に現れたラブホテル!黄金色の稲は、砂漠の色にも通じて、秋晴れの空の青、稲穂の黄金色、ホテルのピンクが鮮やかで、それだけで感動ものでした。

ということで、写真を少し・・・

 

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メキシコのようだわ♪

 

 

 

 

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これは裏側。
まあつまり、何枚か撮影したわけで(ガラケーで)、40歳の女がラブホの周囲を走り回る姿は滑稽だったでしょう!!

 

 

 

 

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そしてこちらも、ドラマに何度も登場した喫茶店「シーホース」

本当のお名前は、「パトリア」

これにも感激!!

 

 

連れていってくれたやっちん、ありがとう~~♪

 

そしてこちらは、同じ夕方の、くくむカフェのカキ氷(息子らとの約束で)。
お目当ては、共通のお友達も多い、榎本さんの無農薬ブルーベリー&ブラックベリー♡

 

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ミルクもかかってるものにしちゃったけど、甘かったのでミルクなしで良かったな~

自家製の蜜たっぷりで、とっても美味しかったです。

ちなみに、くくむガーデンのHPは弟制作です。
カフェの部分UPしておきます♪
http://www.kukumu-g.com/cafe-gentei

 

 

 

 

【追記】FB友達になってもらっている、エスパーで神的演技をした超カッコイイ深水元基くんに、エスパーの最終回イベントの写真とともにこの記事について伝えたら、すぐに返事をくださって、「豊橋最高!!」と。
深水くんは、エスパー終了後も豊橋のことを思い出してブログに書いてくれてたり、すごくうれしかったです。マキタスポーツさんも、スロータウン映画祭のイベントで豊橋来るよ!

☆深水くんブログ
http://ameblo.jp/motoki-fukami/
 

 

 
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by hihararara | 2013-09-18 13:09 | 映画

朝日のあたる家

 

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豊川コロナに『朝日のあたる家』を観に行ってきました。

HPはこちら・・・

http://asahinoataruie.jp/index.html

 

 

 

 

 

 

私たち豊橋市民にもなじみのある、お隣、静岡県湖西市が舞台となっていて、見慣れた風景も出てくるし、「豊橋」という地名も出てきました。

原発事故を具体的に扱った映画は、園子温さんの『希望の国』に次いで2作目(鎌仲ひとみさんの『内部被ばくを生き抜く』も観たけど、事実に基づき、役者が演じる形として)。

色んな思いを持ったので、以下、箇条書きに・・・

■まるでパロディーのようだ、と思う場面も多々あったけど、その大元にあることはすべて事実という笑えない状態。

 

■「人が幸せだと思う一生」というのは、世界中のあらゆる人に共通しているはずなのに、人が目指したいふつうの幸せとは全く別のところで、ものごとは進んでいくということ。

例えば、飛び散ってしまった放射性物質は厳然としてあり、どうしようもできないということ。日本や世界では、信じられないことが今も勝手に進んでいくということ。

一人一人が願う幸せはみんな同じはずなのに、どうして社会として、同じような幸せに向かえないのだろう。

 

■たいへんな時代に生を受けて、様々な「たいへん」を今後も目撃し続けていくんだなあということ。

いつの時代に生まれても違う種類のたいへんさはあるけれど、

例えば、昔のたいへんは、自分の身の回りが見えるだけで、日本全体や世界では、どのようなことが行われているのか知る手だてがなかった。

でも今は、インターネットがあり、新聞やテレビが真実を伝えないと思った場合、自分からある程度、自分の思う真実を探すことができる。

それは正しい欲求であると同時に、しんどいことでもある。

画像や映像や文字で、否応なしに可視化される。
膨大な量の情報を、目撃し続けていくというたいへんさの中に生きている私たち。

**********

震災後に得た情報についてのおさらいになる映画でもあった。

最後は涙があふれたし、エンドロールを見て、いかに多くの方々がこの映画を応援していたり、危機意識を持っているか知る思いでした。知ってる方のお名前も複数ありました。

 

最近思うのは、脱原発は当然と思うけれど、なぜそれがうまく進まないのか(理由はもちろんあれこれわかりつつ)、どうしようもない(途方もない)現実と、自分の周囲の現実との折り合いをいかにしてつけていくか、ということ。

無力感とも違うんだけど、なんともうまく言葉にまとめられないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2013-09-18 10:09 | 映画

『デザートの味』

 

ひょんなことから、林真理子の『ピンクのチョコレート』という短編集を引っ張り出して来て読んでいる。
これは、食にまつわるお話を集めた短編集、だったと思う。

平成6年幻冬舎刊だから、なんともう20年前のものになる。

いちばん印象的だったのは『四歳の雌牛』というもので、ざっくり言えば、24歳のモデルの女の子が、焼き肉をいただきながら、新しいパトロンへ移行する場面が印象的。「四歳の雌牛の方が『人生』という言葉がよく似合う」みたいな・・・

バブルの名残りで、東京とかグルメとか、ブランドとかそういうものが登場する。

私は林真理子は好きではないけど、食べものが出てくる小説が好きなので、この小説もその目的で買ったんだと思う。

さすがに巧い!

これを読んでいて思い出したのが、私が初めて「小説らしきもの」を書いたのは、まさに食べものに触発されて、その思いをとどめたかったからだなあということ。

それは、5年間つき合った彼と別れた時のことで、別れ話をするために入ったビストロみたいなところが、すごく美味しかったのだ。

確か、表参道とかその辺だったと思う。

彼は大手出版社の編集者になったばかりで、そのお店のある場所は、それまで一緒にデートを重ねたようなテリトリーじゃなかったので、まずは、そこに連れていってくれたことがうれしかったけど、反面、今までとは違う彼の世界がすでにあることを知らされたようでさみしかった。

あ、私がフラれたんです。

詳しく書くのは控えるけど、とにかく、別れ話で悲しいはずなのに、次々出てきたそこのお料理が見事に美味しくて!!ワインも最高で、途中から妙に明るい気持ちになっちゃって、ものすごく楽しい時間だった。

こんなに楽しいのに別れるんだなあ~あああ~と、笑ったり泣いたりが激しい場だった。

泣いたりしながらもずっと笑顔だったのに、ハッと現実に戻されたのがデザートの時。

それまでの料理の美味しさに反して、デザートがまずかったのだ。

酔いも醒めたってのは大げさだけど、それまでがあまりに美味し過ぎて楽し過ぎて、ちょっとしたデザートのレベルの差が、過剰に大きな落差として感じられたのかもしれない。

それまでの楽しい日々が終わるんだ、という現実を実感して、終わりのデザートをまずく感じたのかもしれない・・・

まあ、その場に一緒にいた彼も「料理と比べるとまずい」という意見で一致していたので、私だけの受け取り方ではなかったと思う。

その時の様子を短編みたいにおもしろおかしく書いたけど、今はどこにあるかな。

当時はまだパソコンなどなかったし、手書きだった。

 

デザートを複数登場させたけど、そのうちの一つ、プラムのタルト。

カスタード色をバックに、ボルドー色の水玉が浮かび上がっているような・・・

イメージとしてはこんな感じ(ネットで拾った写真より)。

 

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プラムのタルトをその時実際に食べたのか、食べてないのかは今は定かではない。

お話の中にイメージとして登場させたくて、頭に思い描いたポップな水玉模様が、その場で見たものなのか、私が想像したものなのか、わからなくなっている。

小説はそもそもがつくりごとだけど、私の場合はいつも実体験がベースとなっていて、タイトル『デザートの味』に書いたお話も、「デザートがまずくて、現実に引き戻された」というのは本当のできごと(笑)

 

記憶というのはふいにやってくる。

久々に思い出したあの夜のことを、書きとどめたくて今。

この頃、小説でもなくfacebookでもなく、ブログに書きたいことというのが減っていたけど(facebookに小出しにしていて)、この感覚も、久々に思い出した。

トリップの感覚。

I'll be back だね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2013-09-15 09:09 |

Peace Maman Japanその他・・・

 

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放射能講座のことやその他、来年1月の早稲田の新年会の実行委員長!ってのをやることになったので、そのことなどで忙しくて、なかなかブログが更新できませんでした。

その間も、友達への報告がてら、Facebookは書いていたので、またそちらから、主なものを抜粋します。

まず、素敵な写真は、新しく発足した「Peace Maman Japan」の決起集会の様子。
私今、キノコ頭です(笑)

*写真は、主催のともちゃんのアレンジです。許可をいただき転載します。

 

■昨日参加したPeace Maman Japanの決起集会の様子です♡ 写真からも心地よさが伝わってくる~♪ キノコ族の写真もありがとうございます(笑)

ここに集まった多くのお母さんたちからすると、私は年上で、子供も少し大きいんだけど、発起人の3人が大好きなので(言わずもがな、という感覚でハートとハートで通じ合える)、参加したい、応援したいと思って行ってきました。 とかくママサークルみたいなものは、では、それ以外は?となってしまうけど、独身もお一人いて(私の小説を読んでくださっていた同じく自由人☆)、発起人ちゃんたちの魅力で、オープンマインドなみなさんが集っていたし、これからもそういう空気でつながっていくと思います(私はサークル系、ふだんは入らないタイプです)。

今は不安がいっぱいの社会状況だけど、つながること(つながっていると感じること)で、内側から温めていけたらいいな~というイメージ。

昨日参加して、浮かんだ曲は、UAの「HORIZON」  私は言葉の仕事をしているけれど、言葉が走り過ぎないようにっていつも自戒していて、それは、20代の頃の恋愛の影響もあるんだけど、「HORIZON」の歌詞のこの部分・・・ 「そうねもし この世に言葉なんてなければ 私たちずっと一緒にいれたよね」 「探してた永遠は時の影 空と海溶け合う日を夢見る」 「わかってほしい気持ちが無駄に唇動かしていた。言葉の数だけじゃ心通うはずないのに」・・・  これをいつも心に置いている。 LoveとPeaceで言葉もなくつながり合えたら世界は平和なのに、そうじゃないから言葉を必要とする。言葉で発信する覚悟と同時に、目指したいのは言葉などいらない共振・共鳴。

とまあ、ワケわからんくなってきたけど、とにかく、Peace Mamanの今後のゆるやかな発展を祈っています☆ ともちゃん、ゆかりちゃん、まきちゃん、みなさま、ありがとうございました!!

(UAねえさんの「HORIZON」添付しておきます♪)http://youtu.be/FDlWZTp2I6g

 

■昨日はPeace Maman、今日はPeace Dandyとでも呼べばよいのかしら、稲門会(早稲田のOB会)の役員会に初めて出席しました。  来年の新年会の実行委員長!をやるので、そのお話のために・・・ 役員会もおもしろかったけど(私のお隣の席には、1964年の東京オリンピックに出場経験ありのOBさん♪)、その後の飲みで交わされた色んな話題が良かった。 みなさんランニングをしているメンバーなので、スポーツの話から始まり(と言ってもディープな指導論や教育論やヘモグロビンの話など)、7年後の東京オリンピックの話、さらには原発の問題など・・・  おしゃべりなこの私がほとんど聞き役ですよ!(笑)  話を聞いているだけで(というか、話を見ているという感じ)、興味深いし頼もしいし、わくわくニコニコしてしまった。  話の幅が広いし深いし、女とは違う視点だからおもしろい。深刻な話だとしても、それをしているみなさんそのものに感動する。  女子の話も大好きだけど、男子の話もやっぱり大好物!と思った夜でした☆

 

■連投&長文失礼します。 さきほど、ときわ通りの「富士屋グリル&バー」さんに行ってきました。来年の早稲田の新年会で使わせていただくので、ご挨拶に・・・。  7月の「みんな!エスパーだよ!」の最終回イベントで初めて伺い、空間の広さと、エスパーイベントを受け入れてくれるくらいだから、きっと寛容なお店なんだろう、と思って、その場で決めていました。 マネージャーの太田さん(若い!)、いい人だった♪社長の市川さんもだけど、きっと、共通のお友達もいるよね?(どうぞよろしくお伝えください)

というわけで・・・ 気の早い話ではありますが、目指せ100名☆って感じに大勢の早稲田の卒業生を集めたいと思っています。主催は東三河稲門会ですが、早稲田の出身者ならOKだそうです。みなさまの周囲に早稲田OB&OGがいたら(全国のみなさん、愛知周辺に出身者がいたら)、「1月24日(金)に豊橋で新年会があるらしいよ!」とお伝えください(詳細はまた・・・)。  初めての方に向けては→「最初は行きづらいかもしれないけど、行ってみると楽しいらしいよ!」とお伝えいただき、過去に行ったことあって、この頃遠ざかってる方には「昔はどうか知らないけど、今の稲門会は楽しいらしいよ!」と言っちゃってください(笑)

実を言うと、さっきお店を出た瞬間にバッタリ会った男性がいて、「この人知ってる、誰だっけ?」と思ったら、子供同士、学年は違うけど幼稚園と小学校が一緒のお父さんで、さっそく宣伝してしまいました。 なぜなら職場(技科大の先生)にOBいそうなので・・・(笑)  幸先いいな~と思ったよ!  当日まで時間かけて、ハント&スカウトしていきますので(意外といっぱいいるんですよ)、早稲田出身者情報がありましたが、気軽にお寄せください!!

富士屋グリル&バー http://r.gnavi.co.jp/n203206/

 

■早稲田の新年会については、今後定期的に呼びかけますが、今日のおもしろかったことをまた書いちゃう。  一つ前の投稿の富士屋グリル&バーに伺った前後のこと。駐車場に車を置いて店に向かう途中の信号待ちで、リヤカーで塩大福を売っているお兄さん(のぼりには、「京都塩大福」)と隣り合わせ、「いかがですか?」と言われた。 でも私はお店との約束の時間に遅れそうで走り出そうとしていたタイミングだったので、「すみません、今急いでて、帰りなら・・」と言いながら、お互い「残念~~」って感じで別れた。

お店での滞在を終え、表に出た途端、さっきも書いたけど、知り合いにバッタリ。 そのバッタリというのがまた、店を出て一歩踏み出したら目の前に知ってる顔があって、目と目がバッチリ合って、お互い無視し切れない出会い方で、「あ!名前わからないけど、お互い知ってるよね?」という感じで、新年会についても「あのお店で」と指差して説明&宣伝した。  私は「これは」という出会いは、大なり小なり逃さないタイプで(ふだんは流れ任せの受け身です)、今は集客モードなので、別れ際にメールアドレスを渡してきた。

さて、ここからが見ものですが、もしも、バッタリの男性が本当に早稲田の人を紹介してくれて、その人が新年会に来てくれたとしたら、私はきっとその出会いについて、「あの時、塩大福を買わずに店に急いだおかげで出会えたお方なんだ!」と思うだろう。 そう考えると、人生での出会いやタイミングって本当におもしろい。少し先でも出会えず、少し後でも出会えなかった人がいると同時に、どんなズレがあったとしても、絶対に出会える人もいる。

とはいえ、塩大福も気になる・・・(笑)

 

てな感じの日々です!

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2013-09-14 11:09 | 地域

2020年東京オリンピックについて

 

前夜12時過ぎまでテレビで三国のプレゼンテーションなどの様子を見た後寝て、朝7時のニュースで東京決定を知った。

私はニュースを見ながら、自分でもびっくりするくらい涙が出てきた。

複雑な思い。

 

東京のプレゼンテーションは確かに立派だった。

世界に向けて堂々と英語で話すメンバー。

同時に、恐ろしさを感じた。

安倍総理は質疑応答で言い切った。

「健康問題については、今までも、現在も、そして将来も、
全く問題はない、
という事をお約束いたします。」

なぜ、言い切れるのだろう?

今の日本に「any」や「never」という単語を用いることなどできない。

まるで、かつての野田総理の「福島第一原発事故収束宣言」を見るような思いだった。

東京にオリンピックを持ってくるというのが第一だったあの場では、当然「政治家として」あのように言うだろう。政治家は必ずしも事実を話す人ではない。

事前にfacebookでは書いていたけれど、私は東京でオリンピックなんてとんでもない、という気持ちと、東京でオリンピックを開催することになれば、物事の解決が速まるのではないか、と両面の気持ちを持った。

私が共感した内田樹さんの記事

http://blog.tatsuru.com/2013/09/04_1018.php

おちまさとさんの記事
http://ameblo.jp/ochimasato/entry-11607662017.html

おちさんの、東京決定後の記事にも大いにうなずく(戸惑いを抱えながら書いているのが想像できる)。影響力のある人がこのように書いてくれることはありがたい。
http://ameblo.jp/ochimasato/entry-11609129032.html

 

私は、安倍さんの質疑応答を見ていた時、「この人達は、東京に決まったら、色んなことを解決するのではなく、隠す方向へ行くのではないか」と、とても重い気持ちになった。

例えば、家庭において、お客様をお迎えする話が出た時、もしも、家庭の中に重病人がいたら、「お迎えしたい気持ちはあるんだけど、今は難しいからごめんね」って見送ってもらう。

今日本は、どう考えても国の中に大きな問題や病気を抱えているような状態。

外からのお客さんをお迎えして、家を片づけたり、新しく着飾ったりする前に、病気の家族がいたら、家族が快復するように、まずはエネルギーを注ぐべきだよね。

外面よくふるまう時じゃないよね。

フクシマが、座敷牢に追いやられるような事態は絶対に避けなければならない。

ましてや、福島第一原発の問題は、決して福島のみの話ではなく、日本全体、世界全体にも関わっている問題。

そこまでの責任を持ってIOCが決断したとは思えない。

 

2020年、7年後の東京、日本はいったいどうなっているだろう?
汚染水の問題以前に、東京の土壌汚染も深刻なレベルだ。

私は今日、子供たちに、説明した。

2020年、息子たちは18歳(行けていたら大学生)と16歳(高校生)だ。

いちばん思い出に残る頃。

オリンピックが日本で行われるのは、本来なら素晴らしいこと。

でも、残念だけど、7年後も福島第一原発の問題は片付いていないと思う。

上記の家庭内で病人を抱えた状態でお客様をお招きするという例を出した後で・・・

やると決まったからには、日本が良い方向に向いていってほしいね、と締めくくった。

 

そのタイミングでお隣のおじさんからピンポン!

たまたま今日は、校区の運動会の日で、実施について組長さんが話しにきてくれた。

私は泣いた顔のまま出ていって、運動会の話を聞いた後、泣き顔の理由として、東京オリンピックに対しての複雑な思いを伝えた。

「7年後の福島や日本がどうなっているのか」と。

お隣さんは、うれしい一色かと思うオリンピックについて、私が泣くほどの思いを抱えたことを笑って受けとめてくれた。

 

個人レベルでできることは色々ある。

きっと、子供の友達も、「東京でオリンピック楽しみ!!」って思っている子が大半だと思う。

うちの子供たちは、単純に喜ばせてあげられなくて少しかわいそう。

でも、そうやって、日本は今手放しで喜べる状態ではない、引き続き、一層の注視が必要だということを、たまたま話す人に少しずつでも伝えることができたら、意識が少しずつ変わっていくはず。

ハッキリ言って私は、2020年に日本が存続していないという危機感も大げさではなく前から持っている。

原発事故の問題は継続中という厳然とした事実を受けとめ、どうしたって、今後健康問題が顕在化していく中(だって私、実際に聞いてるし)、安倍総理の言葉をみんなで記憶して、その言葉通りの日本を、ごまかしではなく本当につくるためにはどうしたらいいのか、考え続けていきたい。

匙を投げたくなることもあるけど、投げるわけにはいかない母国で、子供たちに本当の希望を伝えるにはどうしたらいいのか、こたえは出ないけれど、親としてがんばりたい。

 
【追記】FacebookにUPしたところ、大学時代の友達からのこんなコメント・・・

<やはり泣いたか、まーちゃん!!
抱えた病人と真剣に向き合いながらも、笑顔で優しさを持って、前向きに生きている日本人。
そんな姿が世界の共感を呼び、世界平和にもつながっていく。
というようなストーリーになればいいなと、朝から考えてました。>

素敵なコメントに感動。まったく同感です!!切に祈ります。

 

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2013-09-08 00:09 | for Japan

Love the Moment サロン 「放射能講座 ~日本のこと 東三河のこと~」

 

10月2日(水曜)午前、アイプラザ豊橋小ホールで、刈谷の放射能測定機関「八進」社長の加藤弥純門さんをお招きしてお話会を開催します。

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親しみやすいイメージで、とお願いした、加藤さんの近影。

ゲルマニウム半導体検出器とともに・・・

株式会社「八進」HP

http://gamma-spectrometer.com/

 

 

 

 

 

10時からお話していただきますが、9時~12時の会場で時間厳守なので、9時過ぎから座談会的に質疑応答(加藤さんのご厚意)。10時から講座、目安では11時から再度質疑応答。12時には撤収いたします。

(多くの質問が予想されるため、9時15分からお越しの方への回答率は高いかと思いますが、講座後の質疑応答については、当日お配りする質問シートの中から関心の高いものを、こちら側で選択させていただきます。ご了承ください)

加藤さんは、放射能防御プロジェクト主宰の木下黄太氏にも信頼され、全国の土壌調査を行ったり、「毎日セシウムを検査するブログ」でおなじみのチダイさんの放射能測定指導を行ったり、土や野菜や水などの膨大な実測値をお持ちです。

今回、この講座のために、東三河数地点の土を採取し、測定した数値を当日公表してくれます。

 

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9月2日、我が家の庭先での土壌採取。

 

 

 

 

東三河には、微量ですが、福島第一原発由来の放射性物質が降下し続けています(県環境調査センター東三河支所の測定より)。 この地域で何を気をつけたらいいのか、加藤さんならではの感覚でお話していただきます。

 

Love the Moment サロン「放射能講座 ~日本のこと 東三河のこと~」

講師: 株式会社八進代表 加藤弥純門氏

 

■日時 2013年 10月2日(水) 午前9時15分~12時

■場所:アイプラザ豊橋 小ホール(約100席)
アクセス http://www.aiplaza-toyohashi.jp/access/index.html 

■会費:1500円(お釣りが出ないようにお願いいたします)

■お問い合わせ&お申込み (担当:藤村)  info.love.t.m@gmail.com
(このアドレスからの折り返しの返信が届く設定にしてください)


■Facebookでも受け付けております。
イベントページ https://www.facebook.com/events/418643824911567/

☆参加ボタンをクリックか、コメント、メッセージでお願いします。

予約状況により、一定の人数に達した場合は締め切らせていただきます。

☆お子様連れもOKです。ホールの後方にスペースがあるので、シートやおもちゃ持参でお越しください(託児はありません)。

会場はこんな感じです→ http://www.aiplaza-toyohashi.jp/about/p02.html

 

報道されないだけで、福島第一原発周辺ばかりではなく、全国的に放射線量が上がったり、汚染水流出など、問題は深刻なままです。

ブログでも何度も書いてきた通り、今は地域によって必要な情報や対策が異なります。

感情ではなく、客観的な数値を元に、日本と東三河の今を読み解き、何ができるか、何をしたらよいのか、考える時間にできたらと思います。

 

【9月12日追記】
Ustream中継で、加藤さんに講座内容をリハーサル的にやってもらいました。
パワーポイントを使ってイラストや写真をまじえ、専門的な知識をわかりやすく説明してくれました。
東三河で採取した土壌の測定値も続々判明しています。
自信持っておすすめします!

 

【9月8日追記】オリンピック東京決定について思うことはこちらに書いてあります。

http://www.l-t-m.net/blog01/?p=3985

 

 

 

 
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by hihararara | 2013-09-07 05:09 | for Japan