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ポルシェの夜(笑)

 

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(給食の要望書のまとめについては、「いのちと未来を守る会」で新しくブログをつくることにしたので、そちらで改めて書きます)

要望書のことに引き続き、木下さん の講演セッティングや今日から始まったスロータウン映画祭など、超忙しい今だけど、急なお誘いを受けて、大切な友達に会ってきた。

高校時代の同級生のヒサヤ。夏に会った時のブログはこちら

東京のマンションを引き払い、車も売って、今仕事をしているシンガポールに、長いこと行ってしまうそうで、出発前に時間をつくって会った(夫子供が柔道に行っている短時間)。

 

 

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というわけで、ポルポルちゃんの写真、嫌味っぽいけど、明日には売られてしまうってことで思い出写真。

10年前もこれとは別のポルシェに乗せてもらったけど、今回はさらにグレードアップとのことで、オープンカーにもしてもらって、 運転席にも乗せてもらった。

何してんねん、と思うけど、昔からおかしなこと大歓迎な仲。

 

 

 

 

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10年前の彼は外資系大手で働いていて、40歳リタイア説を唱えていた。その後起業し、リタイアしてもいいくらいはがんばった様子だけど、シンガポールでもう一勝負する決意らしい。

震災や原発事故前からシンガポールへ進出していて、今回の決意も3.11前からの流れだけど、このタイミングで海外に拠点を移すのは正しいと思う。と言っても何も彼は自分のことばかり考えているわけではない。

 

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今日の彼との会話で印象的だったのは、「80年代90年代の日本とはもう、海外の受けとめ方が違う。今の子どもたちが世界へ出ていく頃には、日本がアジアの中で一目置かれた国ではなく、例えばカンボジアと変わらないアジアの国の一つという受けとられ方をするだろう」「シンガポールの子どもたちだって、中国は強い国と教えられてるけど、日本のことが特別だなんて思ってない。日本がアジアを牽引していた時代とはもう違うんだ」

悲しいけれど、これが現実。彼が教えてくれる「海外からの目」は、とても勉強になる。

「だから、今の子ども世代が海外に出た時に戸惑わないように、俺ら世代でつくるべき素地があると思う」とのこと。

 

 

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夏に会った時、「これからの日本はどんどんたいへんになっていくけど、子どもにやらせておくといいことは何か?」と尋ねたら「英語は絶対やらせた方がいい」とのことだった。今回さらに、将来を憂うような話を聞き、ならば私は親としてどうしたらいい?と聞いたら、「まーちゃんは、そのままでいいよ」とのこと。

アジアにおける日本の話になる前に、日本が今、自分でものをしっかり考えられる人が少ないのは仕方がないという話をしていた。戦後がむしゃらに働いてきた世代に思想を求めるのは難しい、と。画一化された教育で、出る杭は打たれ、個性の芽を摘まれてきたのだから。日本を変えていけるとしたら、俺たちの子ども世代じゃないか、と。

 

 

確かにその通りだと思う。彼は私がこのサイトを始めた理由の、(生意気ですが)「上質な思想を届けたい」「自分でものを考えられる人を底上げしたい」ということに共感してくれている。それは彼も私もずっと、「出る杭」だったから。

深いことを考えずに原発を推進してきた結果が現況だとして、でも、確かに今、自分でものを考え、子どもたちに伝え続けているお母さんたちを見ると、確実に子どもたち世代は変化していくだろうと感じている。

かつてヨーロッパを旅した時、フランスやドイツで色んな世代と議論した。彼らの思想を聞くと、日本というのは表面上は経済発展した先進国であるけれど、思想の面では大げさに言えば100年遅れているなあと思った。敗戦からがむしゃらに立ち上がったのは本当に本当にすごいことだけど、どうしても欠落してしまった面があると思う。

というわけで、どの国もそうだけど、今の日本は色んな素晴らしさと情けなさから今の姿があるわけで、誰かが悪いとか言っている場合ではなく、この先の日本のために、各々が自覚を持ってがんばらなくちゃ、と思う。

過去感銘を受けたキャッチコピーを借りるのなら、

「今の日本は、日本のせいだ

今の日本は、日本のおかげだ」

(元ネタは「今の私は私のせいだ 今の私は私のおかげだ」)

 

このところ、給食や講演会のことで走り続けて張り詰めていたけれど、ヒサヤとの束の間のドライブとお茶で、明らかに頭の中のいつもと違う部分を使い、リフレッシュできた。

新たな決意を持ってシンガポールへ旅立つ彼を見送りつつ、しんみりした気持ちになった。

同時に、彼との確固たる友情を実感し、うれしかった。

私も彼も、常に変化を求めてしまう。未知なる世界、未知なる自分を覗いてみたくなる。

お互いやってることはその都度変化してるけど、高校時代からの志は、変わってないな、と思った。

がんばれ、ヒサヤ! がんばろう、お互い。

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2011-10-29 14:10 | 友達

給食当番の白衣

 

自分が親として、子どもたちの給食のことに関わっているタイミングで、たまたま子どもの給食当番の白衣のことなんだけど・・・

 

自分の子どもを褒めるようなことを書くのは気が引けるけど、長男を見ていていちばん感心するのは、学校で給食当番ではない時も毎日マスクして給食当番の手伝いをしていること。これは、私や先生が言ったことでは全然なく、本人曰く「早く食べたいから」と言っているけど、ただ一人、手伝い続けている息子の人の良さに時に苛立ってしまうくらいに、本当にえらいなあと思う。

さらに、9月からは、転校してしまった男の子の分も給食当番をするようになった。

で、今日、洗濯物を干す時に、いつもと違う白衣が入っていて、一瞬不思議に思った。

というのも、息子が4月から使い続けていた白衣は、手首のゴムなど伸び切っていた部分を私が苦手な裁縫で直してあり、パリッとした状態になっていたのに、今日の白衣は、背中部分のゴムが伸び切って、ヨレヨレの状態になっていたから。

それで「ああそうか、新しく手伝うようになった別のグループの白衣なんだ」と納得したものの、そのゴムの伸び具合があまりにひどくて情けなくて腹が立ってしまって、思わずここに書いている。無関心でいるお母さんたち、もっとちゃんと直そうよ。

私は裁縫苦手です。できることならやりたくない。でも、自分の子どもだけではなく、次の子が使う時にも使いにくい、みっともないような白衣を、知らん顔して回せるその根性が信じられない。

こんな風に書いてしまうのは、今まで何度も何度も直してきたから。

 

私だって、善人ではないし、かなりいい加減だし、このくらいならいいかと思って回すこともあるよ。でも、「いくらなんでもこれは直さなくちゃ」という状態のものが回ってくると、本当に同じ親として情けなくなる。

 

こんな問題、世の中にいっぱい転がっている。

時間がない、面倒くさい、うちの子がやったんじゃない、他の人がやればいい、理由はあるだろうけれど、むしろ、自分の子に着せるのもかわいそうなもの、恥ずかしいようなものを他の子どもに回すなんて私にはできない。

私は私、でいいと思うけど、あまりに度重なるので、一度ここで書きました。

善意の押しつけみたいなことはしたくないし、されるのも嫌だけど、最低限のラインはあると思う。

 

憤慨している私を見て、息子が言った。

「お母さんとオレって、同じことしてるね」

何度も何度も白衣を縫っている姿を、息子はずっと見ていてくれてる。

彼は憤慨することなく、淡々と給食当番を手伝っている。

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2011-10-29 01:10 | 小学校

意味があったのかな、と思えた

 

給食要望書提出のまとめについては次回UPするけど、今日のできごと。

私たちの活動を受けて、要望書を提出するという豊川市のお母さんたちと、茶ー民というカフェで情報交換をしていました。するとそこに、ふつーにお客さんとしてやってきた女性が、「要望書を提出した方ですか?」と。店主のケビンさんの声かけにもよるけれど、可愛らしいその女性が、「私も一年生に子どもがいて、給食のことが心配で、給食センターに電話もしました。なので、要望書、すごいです」みたいに言ってくれて、うれしかった。

給食に関し、不安に思っているお母さんたちは確かにいて、私たちの行動を見て、「心配していたのは私だけじゃないんだ」「市に働きかけてくれてよかった」と思ってもらえたとしたらよかった。緊張しながら、思いを伝えてくれる今日のお母さんを見て、私たちのやったことにも意味があったんだな、と実感でき、じわじわとうれしくなった。このお母さんもお誘いして一緒にランチし(笑)、帰る時には彼女が私たち3人と順に握手して「がんばってください」と言ってくれた。その様子に申し訳ないやら笑えるやら・・・。ゆるーくつながって、今後一緒に「がんばりましょう」という気持ち。

要望書提出=すごい、みたいに言われることが多いけど、当の私たち3人は、熱くなり過ぎてもおらず、三者三様、本当に不思議な調和で結ばれている。まだ3人でそろって会うのは4回目。にわかに結成した会だけど、今日出会った、チェルノブイリの救援や、鎌仲ひとみさんの映画の上映会などを行っている先輩お母さんたちにも、「あなたたち、楽しそうでいいわね」と微笑ましく受けとってもらえた。

そう言えば、樫村愛子さんという愛知大学教授で、豊橋市の教育委員でもある方の話になり、『週刊金曜日』に出ていた樫村さんの記事も拝見した。樫村さんの話の伝聞によると、私たちの要望書を受けて、教育委員会も早速動いてくれているそう。問題の種類にもよるだろうけど、一般市民の動きというのは意外に効力があるのだな、と思った。

途中、反原発の運動をしている若い男性も寄ってきてくれて、帰りには、新城市で有機農業をしている男性にも、「新城でも要望書出したいんです。新聞に出てた方ですよね?」と呼びかけられた。

想像以上につながりが増えていっている。

茶ー民のケビンさんも、すでに色々活動している人のよう。

地球について、問題意識を持った人たちが集うカフェで、吸い寄せられるようにして集まった面々。

新しい活動によって、不思議な空気と温度が漂い始めている。

 

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by hihararara | 2011-10-28 11:10 | for Japan

県会議員の浅井さん

 

一昨日、中日新聞に出たタイミングで、給食に関してお世話になった方や、この活動を知っておいていただきたい方にメールしました。

その中のお一人、県会議員の浅井よしたかさん。 彼は、高校と大学のOBに当たり、知り合ったのは、彼がまだ県会議員になる前、私は結婚前でした。奔放で、地元においては変わった経歴の私を見て、初対面なのに、「あなた、結婚難しそうだね」って言われたのを覚えています(笑)まったく嫌味ではなく、自分でもその通り!と思っていたのに、なんとその一年後、浅井さんにとって、高校の柔道部の後輩に当たる夫と結婚したのでした!

そんなご縁から始まった浅井さん、県議も二期目で、とてもがんばっていらっしゃいます。選挙の時に誰に入れようと思うのではなく、ふだんのがんばりや人柄こそ重要だと思っています。選挙期間は公職選挙法に触れるので書けないけど、今なら書けるので呼びかけも兼ねて、一昨日いただいたメールの返事を、本人の許可をいただいて転載します。

これはもちろん、私がブログに載せるよ、と伝える前の内容です。お忙しい中、こうして県民の声をちゃんと聞いてくださる方です(震災直後も、東北や福島の人たちを受け入れたいと話す渥美半島の農家のおばちゃんの声を聞いてくれた)。なお、給食の問題と同時に、瓦礫問題について触れた反応です。

 

*******

 

藤村昌代さま

ご無沙汰しています。メールありがとうございました。大変ご活躍ですね。

あなたの新聞記事は、メールをもらう前に気づいて、もう読ませていただいてました。

瓦礫受け入れの件は、愛知県としても慎重に対応しなくてはならない重要な問題です。

本日付で、県知事から原発担当大臣の細野氏に対する質問書を提出したところです。(たぶん、このことは今日の夕方のニュースや明日の朝刊にも出るはずです)

私も、政府は情報をしっかりと公開して、国民、県民の納得のいく結論を出すべきだと思っています。

ところで、加藤教育長は中学の恩師ですので、時々意見交換をしています。では、また。

浅井よしたか

 

*********

 

加藤教育長が恩師だったなんて!と驚き、先にご相談すればよかったかなあと思いつつも、加藤さんへのお礼状に添えさせてもらいました。

こんな風に、豊橋のいいところは、規模的なこともあるけど、知り合いがどんどん知り合いとつながっていくこと。

信頼できる人間関係の中で政治が行われるとしたら、こんなに心強いことはないし、実際、私は地元においては、政治を身近に感じています。

知り合いばかりだと「悪いことはできないね」ってよく言うけれど、なかなか手の届かない中央の政治も、そんな風に信頼できる人間関係の中で進んでいってほしいし、なんとかして、そうさせたいなあと思います。

まずは地域でつながっていくこと。

地域の声をちゃんと県や国に届けること。

議員さんと信頼関係を築き、少しずつでも行動していきたいです。

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2011-10-26 21:10 | for Japan

豊橋 いのちと未来を守る会②

 

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本日の中日新聞・東三河版に小さく載りました。

やはりこの地域は中日新聞が多いので、朝からたくさんの友達からメールが・・・

<おはよっ!新聞見たよ(^O^)

素晴らしい要望書だと親として思う!>

<中日新聞見ました!豊橋でも考えなきゃいけないのかなぁって思って読んでたら名前発見。テレビでいろいろやってるお母さんとか見てて豊橋はどうなんだろう?ってちょっと思いはじめてたんだよね。なんかお手伝いすることあったら声かけてね!>
<いつでも声かけてね!!輪も広げていくからo(^-^)o>

うれしくて、心強くて、涙出ます。

さっそく豊川では、同様の要望書提出に向けて新しい動きが・・・。

昨日お礼をお伝えした東日新聞の記者さんが言うには、「給食に関して、市はさっそく動き始めたよ。こういう活動は、愛知だとたいてい名古屋くらいから始まって豊橋は真似することが多いけど、あなたたちが最初に始めてよかった!」とのこと。ありがたいです。

福島からの距離感もあるけれど、事故直後から書いている通り、この問題に関しては、地域ごとに必要とされる情報や対策が異なってくるので、各々が地域において結束し、声を挙げていくことが重要だと思います。

なにも、給食に限ったことじゃないので、地域のいのちと未来を守るために、ゆっくりがんばります。

 

要望書提出や、教育長・給食課長さんたちとのお話の内容もまとめたいと思っていますが、アフターフォロー的なことが意外と多くて(というか、自分がやりたくて)、お礼状を書いたり、お世話になった浜松の給食を守る会の方に要望書を送信したり、バタバタしてます。

また書きます!

 

【追記】信頼する息子の先生にも報告しておきました。すると、

<子どもたちを取り巻く環境は、いろいろ変化し、心配なことは尽きませんね。行政の対応、施策はやはり大切ですが、市民からも動くことも大切ですね。自分たちのことは、自分たちでも守っていく姿勢が、これからの子どもたちにも必要ですね。お知らせいただき、ありがとうございます。>

とのこと。

本当にその通りだし、今まで日本人はおとなし過ぎたり、主体的に動く姿勢に欠けていたと思うけれど、客観的に考えて必要なこと、大切なことのためには動くこと重要。うちは放射能の話も、子どもたちが長く背負っていく問題として、申し訳ないけれど、事実を伝えています。親の姿を見て、自発的に動ける、自分を守れる(いずれはみんなを守れる)子になってほしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2011-10-25 04:10 | 豊橋 いのちと未来を守る会

豊橋 いのちと未来を守る会①

 

給食の要望書、提出してきました。とても実りある時間でした。

クッタクタなので、また後日改めて書きます。

タイトルは、今回や今後の活動のために名付けた会の名称です。

新聞社も4社来てくれたので、掲載された場合、検索で来る方のことも考えてカテゴリーだけ作りました。 よかったらコメント残してください。

地域でつながっていきましょう。

よろしくお願いいたします!

 

<21日追記>東日新聞掲載HP版 です。東愛知新聞と東日新聞が写真入りで掲載、朝日新聞は記事のみ、中日は今日は掲載なしでした。

 

 

 
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by hihararara | 2011-10-20 08:10 | 豊橋 いのちと未来を守る会

「おやじの会」飲み!

 

給食の要望書の件で、急にめまぐるしく忙しくなってしまったのだけど、明日提出で、明日はその話題を書きたくなると思うので、慌てて先週金曜に出かけた、校区のおやじの会の飲み会について・・・(もしかしたら読んでくれてるおやじ様もいるかも、なので)

このところ、直感に従って動いたり人とつながったりしていて、それが次のアクションに結びついている。 その流れの中で、迷いなく、校区のおやじたちとも、今後のためにゆるーくつながっておきたい、と思った。

お母さんたちとのつながりはつくりやすいけれど、いざって時は男手が必要なので(今は必要ないけど運動場の除染のイメージ)。

というわけでFBにいる先輩の「友達」つながりで、校区のおやじの会の会長さんにメッセージをお送りし、おやじの会定例会に呼んでいただいた。

その会長さんは、過去にPTAの会長もやっていたので、向こうは私を知らなくとも、こちらからしたら有名人!という感覚だった。

夫の帰宅を待って、夜8時過ぎに校区の市民館での定例会に少し参加した後、場所を移して反省会(飲み会)に突入。ほぼ初めて会うおやじ様9人と、女は私1人(笑)なかなか壮観であったよ!

私が、浜松の給食を守る会の要望書をみなさんに見てもらおうと思いつつ、タイミングを計りかねていた時に、某おやじ様が、原発に関する資料を「これおもしろいから!」と言ってみんなに配り、その関心の温度がうれしかった。

その流れで、前半は、お医者さんや大学教授や助教授といったインテリ路線?と放射能について、作家脳(笑)を駆使して語り合った。教授からは、危機感に乏しい愛知で活動するには①内部被曝の問題 ②瓦礫受け入れ阻止についての2点が共感を呼ぶのではないか、ともっともなアドバイス。おやじの会の中心人物で、この夏には、福島の子供たちをサマーキャンプで受け入れたり、被災地にも炊き出しに行ってきたお医者さんには、「給食についてどう思われますか?」と聞いたら「ぼくは、給食そのものをなくしてしまえばいいと思ってるんです」という新しい視点。それは、学校給食に栄養面で過剰に頼り、料理をしなくなっているお母さんがいることを懸念しての言葉だった。それも確かに、である。そんな風に、男性と話していておもしろいのは、ママ友との間では出てこないような視点での意見が出ることである。さらに、給食への取り組みは、「被災地を孤立させてしまうからなあ」と人道的な意識から、これまたもっともなことを言っていた。

 

~それはわかるんだよ。でも、どうしても今は、食べて応援!ではない事態なので(風評被害ではなく実害というのがあるので)、汚染食材は食べないように応援して、なんとか子供たちを無事に大きく育て、日本のためにがんばってもらいたいと思うのだ。瓦礫にしても食べ物にしても、受け入れて応援した結果、日本全体が総倒れになってしまっては、どうしようもない。守れるべき大地は守り抜いて、日本全体の食料のための生産地としての役目を果たさなければならない(北海道や九州の人たちはすでにそういう意識で結束している)。決して自分たちだけが救われればいいのではなく、その先を見ると、どうしたって、目の前の子供たちや環境を地域の大人が守らなくてはならない。~

 

後半は、席替えして、あんまり細かく書くと人物を特定してしまうので控えるけど、みなさまと楽しくお話した。

そして、最後はおやじ様4人と私で、1時過ぎまでゆるゆると盛り上がる。

たまたま最後のメンバーは、地元の二大工業高校出身の方々で、隣に座った方が、なかなかケンカがお強く、荒れていた頃の某中学の出身だったこともあり、ヤンキー的感性全開(笑)でお話した。このブログでは初めて書くけど、私は中学時代、勉強も運動も一番だったけど、先生に殴られた回数も女子の中では一番多い問題児だったので!!(そもそも、くだらない校則を変えたり、高圧的に締め付ける先生に反抗しまくったり、活動家みたいな芽はじゅうぶんその頃からあったのだ)

お隣のおやじ様、私が最初登場した時、生意気そうな女に見えたようで、「泣かしてやろう」と思ったらしいけど(酔っ払っての言葉です)、おやじ様のルーツと私のふるさとがお隣の地区というご縁で、田舎の同級生みたいに打ち解けて会話できた。恐るべし渥美&ヤンキー魂!!

おもしろかったのは、私たちからしたら、PTA会長なんて、とっても真面目で例えば地元の進学校出身くらいかと思っていたのに、男子ノリ全開の工業高校出身で、私はそういう男の世界、いいなあと思うので、うれしかった。

そして、いかにもPTA会長に適任に見えた人でも(歴代の会長さんお二人いて)、「自分の人生の中でPTA会長をやるなんて0.1%もなかった」とか、挨拶が上手だなあと思っていた人も「みんないっぱいいっぱいですよ」とのことだった。

さらに、最高だったのが、PTA会長をしてから、誰が見てるかわからないので、「赤信号を渡れなくなった」とか「スーパーへカミさんと行ってもカートを持つようになった」とか「袋を二つとも持つようになった」「見切り品を買ってる時に知ってるお母さんに会うと恥ずかしい」「近所のスーパーではなく隣の町内や校区外へ出かけても、誰かに会ってしまう」等々・・・。

最終的には、

「イオン志都呂(←豊橋のお隣の浜松方面)でさえ、お母さんに会っちゃう」

「志都呂まで、気をつけていなくちゃいけない」「志都呂までが校区だ!!」

に、大爆笑でした!!

お父さんたちにはお父さんたちの苦労があるんだなあと思い、たいへん興味深かったし、みなさん可愛かった。

 

おやじの会に参加しているお父さんたちは、みんな愛情深くて柔軟で、うちの夫にはそういう側面が欠けているので(我が子には向けるけど地域となると乏しい)、うらやましかった。

 

帰りは、土砂降りの中、方向違うのに4人のおやじ様たちが送ってくれて申し訳なかった。

まるで罰ゲームのような夜中の大雨の下、初めて飲んだ人たちなのに、部活の先輩みたいな近さを感じた。

自分が年をとったせいかもしれないけれど、この頃、親しくなるオヤジたちについて、決して老けてると思ったことはなく、みんな中学生くらいの少年時代の顔が透けて見えてくる。

今生きていく場所はここなので、人々との広いつながりと同時に、校区のみなさまとのつながりを大切にしたいなあ、心強いおやじたちがいてくれてありがたいなあ、と思った夜でした。

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2011-10-19 08:10 | 小学校

facebookより

 

「おやじの会」飲み会のことも書きたいけど(楽しかった!)、さきほどFBに書き込んだものをこちらにもUP。

FBで知り合ったアニィ(大学の先輩でもある)が、私に向けて書いてくれたコメントを、みなさん向けにアレンジした記事が、今の状況をとてもうまく表していたので、ここでも記録させてもらいます。

まずは自分の振り返り・・・

<自分でもよくわからない流れで、来週、市長、教育長に給食に関する要望書を出しに行きます。始まりは、私が友人のジャーナリスト木下さんの講演会を豊橋で企画しているので、関心の高い仲間作りをしようと思ったことでした。そうしたら、給食に関し、すでに動きのある浜松の人たちとつながり(同じタイミングで彼らの方が先に木下氏を呼ぶことになり)、さらに福島から豊橋へ避難中のお母さん(Nちゃん)と知り合い、Nちゃんが要望書の提出を考えていたので、いつの間にか私もその仲間の一人に・・・ということでした。体験者の言葉は大きいのと、Nちゃんは「家でおとなしく手芸でもしていたい」というタイプなのに、福島に残り続けている友人親子のためにも動かなくちゃと思ったようです(安全な地域を安全に守り、その上で、避難者を一時的にでも受け入れたいそう)。

こんな風に走っている中で、3月以降FBでつながった昔からの仲間や新しい仲間に、私はとても励まされています。本当にありがとう。>

このあと紹介した、アニィの記事(FBからの転載なので、行間が詰まったままです)。
【故郷で子供たちを守る活動を続けている友への返信】

ありがとう、僕もまったく同感です。これまで無関心だった人たちが動くこと...それこそが今を変えるいちばんの力...だし、その動きは着実に広がってきていると思う。脱原発を志向する者同士で連帯することは大切だけれど、むしろ普通の人たちにもっともっと関心を持ってもらって、この動きに乗ってきてほしいですよね。

既得権益者のパワーバランスだけで物事を進めさせるわけにはいかない。インターネットやSNSの普及も、権力の情報独占を困難にし、市民が主役になる時代の到来を後押ししてくれているように思う。ネットはもうバーチャルな世界ではなく、人々をつなぎ現実を動かす大きな力となっている。それが face to face の地元活動と連動すれば最強ですね。

でも、NOと言っているだけでは多くの人は乗ってこない。いかにYESを共有できるか。YESと言ってもらえる新しい価値を提示し、皆をどれだけ巻き込んでいけるかがポイントなんだろうなぁ、と思います。その意味でもプレゼンの仕方はとても重要。イベントの企画はもちろんだけれど、父母の会等で地域と地道につながっていく君のアプローチは素敵です。...尊敬してるよ、まじで(*^。^*)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
我が町の銘菓、MEETサブレを君に贈ろう(写真だけ ^_^;)
箱書き等は足利の偉人、相田みつを也。

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ありがとう、アニィ♡

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by hihararara | 2011-10-16 01:10 | for Japan

スケルトン・中山英子さん

 

なんだか日々、色んなことがあるのですが、

さきほど大学時代のゼミの先輩、中山英子さんからメールが来ました。スケルトンの選手として、冬季オリンピックに二回出ています。今月、信濃毎日新聞をやめたばかりで、競技を続行していくそうです。
メールの内容は、スピンサーを得るためにオーディションに挑戦するそうで、そのためにはこのページ→http://www.athleteyell.jp/nakayama_eiko/ でファン数を増やす必要があるそうです。

以下、一斉メールより・・・
<athelete Yellというものに登録をし、ファン数を増やすのが、オーディション出場の条件なのですが、実は締め切りギリギリの応募で、滑りこんだ次第です。あと2日ほどしかファンを増やす時間はないのですが、もし、ご賛同いただき、協力していただけたらありがたく、恐縮ながらメールさせていただいた次第です。

ファン登録には特にお金がかかるわけでないようなので、もし、ご理解いただけたらクリックしてもらえればうれしく思います。>

2日しか時間がないというのが英子さんらしく、思わずすぐに登録しました(笑)
彼女の葛藤も折にふれて見てきたので、人生を(お互いに)応援したい気分です。

英子さんとは、まだ彼女が競技を始める前、一緒にインスブルックのワールドカップを観戦し(私はミュンヘン滞在中で、突然のお誘いにオーストリアで待ち合わせ)、スケルトンチーム(越さんなど)と一緒の宿に泊まったり、長野のワールドカップで越さんが優勝した時、新聞記者として記事をまとめる作業をそばで見たりしました。オリンピック後は息子にサインをもらったり、選手村からメールをもらったり、ユニークな友達は多いけれど、彼女もかなりのお方。
というわけで、英子さんを知る友達、ご賛同いただける方、もしよかったら、よろしくお願いします☆

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2011-10-12 07:10 | スポーツ

金原ひとみさんの文章

 

紙面でも読んだけど、ツイッターでも回ってきたもの。

東京(中日)新聞 10月11日付夕刊 金原ひとみ『制御されている私たち』

 

『HORIZON』でデビューしたUAが阿蘇に移住し、その後沖縄で第三子を産んだ話には驚かなかったけれど、『蛇にピアス』でデビューした金原ひとみが岡山で第二子を産んだのには驚いた。

3.11後、正直、読める作家と読めない作家とできてしまった。というより、小説というものはほとんど読んでいない。

今の世を、どうとらえるか。

金原さんみたいに、社会的に認められている作家(この書き方も変だけど、芥川賞作家ということで)が、 こういう文章を公に書くことは、とても意味があると思う。

クールに見える彼女だって、スマートに暮らしていないと思う。母になってからの小説も読んだけれど、どこのお母さんも直面するようなつまらないことでやはりつまずいていた(金原ひとみもそうなんだ!と親近感湧いた)。

二人の娘を得た金原さんがこれから書くものは、引き続き読んでいきたい。

 

 

 

 
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by hihararara | 2011-10-11 14:10