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日常

サイトオープンに際し、facebookでは、たくさん「いいね!」やコメントをいただきました(ありがとうございました)。でもほんと、日常は華やかにスマートにいかないのが現実。

サイトオープンの当日、色々作業したいと思っていたのに、学校から電話。

次男(小1)が足をケガして、車でお迎えに来て欲しいとのこと。

学校からの電話は今までにも何度かもらっているので(ほとんど長男)、着信ナンバーに学校の番号を見ると、「何かやったかな?」「何かたいへんなことがあったかな?」と思ってしまう(今までの例:友達とケンカ、足を捻挫して病院等々)。なので、ケガが大したことではなく、お迎え程度のことならたやすいものだと思って出かけた。

掃除の時間に運んでいた机を倒してしまい、左足の親指に直撃した、ということだったけど、家に帰ってからも爪の付け根の血が止まらず、結局病院へ連れて行った。

広い整形外科(長男が学校から連れていかれて知ったところ)の中待合室でハッと気づいたら、待ってる親子連れが五組とも男の子だった!(笑) お母さんはみんな「ヤレヤレ」という顔をしていて、息子たちはケガをしてもじっとしていない。自分もたいへんだけど、心の中で「お母さん、ガンバレ」って思ってニンマリしてしまった。

そんなわけで、現在の登下校は送り迎え。

車の中で次男が聞かせてくれたこと。

通っている柔道に、ひとつ上の大きな男の子がいて(2年生なのに、体重50㎏!)その子と組み合う時次男が彼に言ったこと、「デブにはスピード!」そしたら彼が「チビには大きさ!」とこたえたそう。

あどけない二人がそんなことを言い合っているなんて笑えた。

出かける前、長男(小4)が淡々と語ったこと。

「昨日、ブランコの取り合いで女子とケンカになって、蹴って、男3人と女たちのケンカになって、コンピューターの時間が話し合いになって、先生に『恐い話して!』ってみんなが頼んで、恐い話の時間になって、おもしろかった」

今でもブランコの取り合いなんてするんだー!

「蹴ったって誰が?」「オレが」「蹴るのはダメじゃん!」「まあそうだけど」

息子たちが原因で授業がつぶれたなんて申し訳ない、でも恐い話で楽しい時間になったならよかったのか!?

次男を送って行った時、長男の先生にバッタリ会って、一瞬上記の話がよみがえったけど(上記ばかりではなく、宿題を忘れ続けていた頃の話や今はそれでもがんばってますとか色々)、話す間もなく、「おはようございます。よろしくお願いします!」とだけ言って帰った。

長男の捻挫の送り迎えの時も面倒だったけど、朝日を浴びながら登校する子供たちの姿は、新芽が踊っているようでキラキラしている。

 

そんな朝、車のラジオで聴いた音楽。これもよかった!

サカナクション 『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』

 

 

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2011-09-28 23:09 | こども

スタート!

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新サイト、新ブログの一回目です。

他の執筆メンバー(今トップページには4名出ていますが、最終的には計6名の予定です)に向けての参考例だったり、まだお試しなので、色々と不備があるかと思います。

今日スタートしたのは、新月だからです。私は月のパワーに左右されやすいので、縁起をかついで・・・。

写真は、古くからの読者さんならご存じ、私のふるさと、愛知県、渥美半島・伊良湖岬の風景です。

原点。

ふるさとの風景を展示して、素直にいいでしょ~~と言い切れない震災や原発事故が3月に起こりました。その痛みはこの先何年も、何十年も消えることはないと思うし、共有していかなくては、と思います。それでも生きてる以上は前向きに考えていきたい。人間にとっては、前向き思考が自然らしいです。アップダウン大きい私だけど、時が前へ進む以上は前向きにって思います。

 

このブログは、私にとって三つ目のブログです。

最初に始めたのは2005年の12月(この時も新月スタートでした)。育児がたいへんだった時、それでも何か発信したいと、子供たちが寝静まってからパソコンに向かって自分の世界にトリップしていました。文字を綴ることに後ろめたさを感じていたので、名付けたタイトルは『禁じられた遊び♪』。でも、思いもよらない発展をし、新聞に出たり、ブログをきっかけに小説執筆の依頼もいただきました。

ちなみに、こちら・・・ 藤村昌代『禁じられた遊び♪』

二つ目は、二冊目の小説出版を機に名付けた筆名でのブログ『緑の下で深呼吸』。この期間も色々あったなあ(笑) 大きかったのは一昨年の病気。10万人に1人という珍しい病気で入院し、自宅での療養に半年ほどかかって、いったんはブログも閉じました(書いていた小説と同じ病気になってしまったので、その偶然が恐かった)。でもやはり書くことがやめられずに復活。今も過去記事からさかのぼって熱心に読んでくれている読者さんも何人かいて、恥ずかしいけど、うれしいです。 日原いずみ 『緑の下で深呼吸』

ちなみに、「日原いずみ」というのは、処女作の主人公の名前です。編集者さんのすすめで、創作で思いっきり冒険するために名付けました。

『赤土に咲くダリア』出版後、3冊分くらいの本になる量の小説は書いたけど、自分の力不足で出版には至らず、そんな中での病気やら震災というできごとで、小説を書く気分ではなくなってしまいました。今やりたい、今やるべきことという気持ちで、このサイトを企画し、スタートしました。デザインや発案は私で、実現してくれたのはWebデザイナーの弟です。このサイトを機に、再び名前を「藤村昌代」にしました(ま、本名は違う名字だけど)。生まれた時の名前に戻したくなったんです。結局は「まーちゃん」がいちばん自分らしいので、気楽にそう呼んでください。今後は、「Love the Moment」をキーワードに、幅広い活動をしていくつもりです。

ずっと感動を伝えることを仕事にしたいと思ってきて、テレビ、美術、小説と渡り歩き、今に至ります。好奇心が強くて飽きっぽいということもあるけれど、自分を限定することなく表現や創作をしていきたいです(時が来たらまた小説にも挑みたいです)。

私は今、38歳で、人生折り返しかな?と思うと、ますます自由になれて楽しい。自意識がじゃましていた今までだったら超えられなかった壁が、いともたやすく超えられるようになりました。元々偏見がない方で、人との間の垣根も低い方だったけど、ますます色んな垣根がなくなった。

色んなことをして、色んな傷をつくってきたからだと思うけれど(単なるオバチャン化か?)、年を重ねることがこんなにも幸せなことだとは思わなかった。

人生も、世の中も、愛しい。

厳密に言えば、3.11後の日本に失望することも多いけれど、やはり生きてることは愛しいです。それは、これまでの体験によって死を意識してきたからだと思う。

精一杯「自分」中心に人生を切り拓き、子供が生まれてから子供中心で過ごし、そして今、子供も自分の足でしっかり歩き始め、自分に再び余裕ができた。家庭を中心としつつ、新しく社会に向けて色々と発信していきたい。これからは次代のために、責任もって、愛しい世の中にしていかなくてはならない。

というわけで、ゆるーく熱く、自由な思いを綴っていきます。

あらためてよろしくお願いいたします!

(コメントは設定したりしなかったり、しばらく実験的に行っていきます)

 

 

 

 

 
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by hihararara | 2011-09-26 22:09 | 日記