カテゴリ:旅( 15 )

加賀温泉のホテル&金沢の和ちゃんとのご対面



続き。
永平寺の後は、石川県の加賀温泉に移動して、ホテルアローレというところに泊まりました。
部屋からの眺め。


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湖畔に建てたホテルとのことで、結婚式場としてもよく使われているらしい。

我が家の家族旅行は、夫が相談なく全部決めちゃうので(私は独身時代にさんざん旅をしたので執着がなく、連れて行ってくれるだけでラッキーという感じで、決まった範囲で私の希望をねじ込む)、北海道に行った時もミステリーツアー状態だったんだけど、今回、宿泊が石川県とわかった時点で、距離感はうまくわからないものの、金沢に住んでいる友達の和ちゃんに声をかけた。

和ちゃんは特別な友達で、最初に私を知ってくれたのは、中日新聞のこの記事だった。



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過去にブログでも紹介したことがあるけど、中日新聞が、「しんぶん@ネット」という企画を始めた時の第一回に出たもの。

地元の女性記者に頼まれて、名古屋の本社から取材が来たのでした。

取材してくれた阿部さんというのは、その後地元の記者くんに聞いたらエリートだそうで、現在はロンドンにいて、その前にはニューヨークやら経済部の記事でもお名前を見たことがある。

この記事は私も好きだし、このブログはのちに小説の『赤土に咲くダリア』にも発展した。

と、これを、金沢に住む和ちゃんが目にしてくれたわけです。

地方版にはよく出るけど、これは中日新聞全域の記事で、金沢でも多少のシェアがあり、和ちゃんは今は違うけど当時はたまたま中日新聞を購読していて、それで見てくれたわけだ。

当時のブログは、月一でコメントの日を作っていて(まだネットが恐かったため)、コメントを書き込んでくれる常連さんのうちの一人が和ちゃんでした。

和ちゃんも私も男の子二人の母で、年も近く、さらに、大切な人を亡くした体験を持っていて、私が過去に書いたブログの『その先を、生きている』など、和ちゃんも大いに共感してくれた。

その後、『赤土に咲くダリア』の出版があり、Facebookでつながり、和ちゃんは、私以上に私が過去に書いたことを覚えていてくれたり、会ったことはないのに、とても近い気持ちでつながり合ってきた。育児のことやいろいろについて語り、何度も泣き合ってきたような仲。お互いの日々をネットを通して伴走してきたような、そんな感じだった。

私を介してつながった、豊橋の友達二人がそれぞれ和ちゃんに会ったり、和ちゃんが名古屋に来たこともあったのにその時は私が都合が悪く、なかなか対面できないまま、知り合って11年・・・

ようやくの初対面でした!!


ホテルのロビーにて。



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撮影は、和ちゃんの次男くん(小学校3年生の画伯)


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(笑)(笑)(笑)


予想通り、過剰な感慨はなく、昔からよく知ってる友達との再会という感じだった。

なんだか不思議な気持ち・・・
現代ならではの関係かな。

この11年の、私が書いてきた膨大な文章(ブログ、小説、facebookなど)をほとんどすべて読んできてくれてる和ちゃんなので、説明は要らない感じ。

ありがたいです。

和ちゃんは英語の先生であり翻訳家でもあるので、和ちゃんが翻訳した本は読ませてもらっていたし、長男の英語スピーチの原稿の添削をお願いしたこともありました。

家族構成からしてお互いの悩みが具体的にわかるので、初対面でもすでにツーカーの仲(笑)

小一時間だけだったし、お互い朝からのいろいろを経て疲れてもいたけど、うれしい、うれしい時間でした。


和ちゃんが色々持ってきてくれたお土産のうちの一つ。

金沢の「サロンドシュークル」のショコラフランボワーズ!!!


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ホテルのバイキングの時に、しれ~っとお皿に載せていただきました。

でも、全部食べるのがもったいなくて家までお持ち帰り・・・さらに最後の一口がなかなか食べられなかったほど、私にとってドンピシャの味♥

和ちゃんが私も好みなのを知っていて、一度お店に行った時はなかったので、再度寄ってまでして買ってきてくれた。

シュークルにトリコになってしまうわけが、おわかりいただけるような、FBページのカバー写真を拝借・・・


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近くに欲しいお店(笑)

その他のお土産や、和ちゃんについては、また後半に書きます。


こちらは和ちゃんとお別れ後の夕食バイキングの中で、いちばんおいしかった、五郎島金時のポタージュスープ。
五郎島金時(加賀伝統野菜のさつまいも)という名前は、和ちゃんから知っていたものでした。


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夕食の時に、夫と長男が久々に会話していて(笑)、やっぱり家族旅行って必要だなあと思った。
幼い頃は年に何回も出かけていたのに、大きくなって減ってしまったけど、義父のことを思って永平寺についてくる子たちで良かった。



湖畔の夜景。


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ちょうど花火もあがる日でした。
世界陸上の女子マラソンの中継で、清田真央ちゃんを応援しながら花火も見てました。
(長男と夫は爆睡・・・ロマンチックから程遠い我が家)


花火の頃に届いた、和ちゃんからのメッセージの一部抜粋(許可をいただいて載せさせてもらいます)。


<今日まーちゃんをハグしたとき、小柄で華奢なまーちゃんのこの体から、さまざまな言葉や思いやエネルギーが発信されているんだなと思うと、愛しくて、命って素晴らしい、生きているって素晴らしいと思って、ちょっと泣きそうでした。ホントに会えて嬉しかったです。>


涙涙・・・


<きれいな月を、今日はちょっと近くで見れているのが嬉しいです。>

とも・・・

出逢いって不思議だなあと思う。
必然とも言えるし、あの時の新聞を和ちゃんが見逃したとしても知り合っていたようにも思うし、永遠に出会えなかったとも思うし・・・


翌朝の景色。


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ホテルの廊下にかけてあった、フランスの風景。

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さすが石川県!という感じの松井秀喜ベースボールミュージアムの宣伝。

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チェックアウトの時のロビーの風景。

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素敵な滞在でした☆
(夫がなぜここを選んだかは謎のままですが(笑) まあ、息子たちが喜ぶのでプール&バイキングマストかな)


この後は東尋坊に移動し、台風が迫る高速を駆け抜けて帰ってきたわけですが、家にて開いた和ちゃんのお土産より・・・

加賀麩のお吸い物。
「ふ」の包み紙がおもしろい。私は旧姓が「藤村」なので、「ふ」の文字はなじみ深い。


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お湯を注ぐとこんな感じ・・・

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(これは、「加賀みそ」です)

和ちゃんが、金沢ってこんな感じなんだよ、という気持ちを込めて、ちょっとずついろいろ持ってきてくれて、その心遣いもうれしかったし、確かに、色鮮やかで雅な風情が伝わってくる。

空き箱も大切にします(笑)


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これは、ささやかなシンクロもあるんだけど、下の「垣穂」という和菓子、和ちゃんがいちばん好きな胡麻のお菓子とのことだけど、「垣穂」のポスターを、二日間のうちに立ち寄ったどこかで見ていて、中に入っているきな粉のペーストみたいなものが、ポスターでは干し柿のような色に見えて、どんなお菓子なんだろう??って思っていたのでした。

答えは「きな粉」と、和ちゃんのおかげで知れました!!ありがとう(笑)

そして、長男くんが幼い頃大好きだったという上の「わり氷」を食べてみたら、独特の食感に、長男くんが気に入ったわけと、彼の独自性みたいなものも舌の上で瞬時に想像できるような気がして、思わず涙が込み上げた。これを味わいながら、楽しみながら大きくなったんだね。



                      ☆☆☆


生きている間に出会える人には限りがあり、その中で関係が深まる相手はもっと限られる。

昔はネットを通した友達というのは深くはなれないところがあったけど、今は違う。

心や思想や感性やタマシイが抽出されたかのようなつき合い方が確かにあって、実体や場所を超えて支え合える。


生きることはたいへんなことも本当に多いけれど、「その先を生きている」限りは、亡くなった大切な人たちが見られなかった今やこれからを、大切に、愛しんで、生きていきたいね。
















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by hihararara | 2017-08-11 19:55 | | Comments(0)

永平寺トリップ


8月6日、福井県の永平寺に、義父の納骨で伺いました。
私の実家も夫の実家も曹洞宗で、永平寺が大本山にあたり、「納骨で永平寺」というのは、親戚の間でもよく聞くフレーズでした。

ずっと行ってみたかった永平寺に初トリップ。

夫が慎重なタイプのため、朝5時半過ぎに出発・・・
(先に結果を書くと、同じ豊橋を7時出発の義兄と義母も同じ10時半に到着。集合はお昼の12時だった)

車のラジオで、8時頃から広島の平和祈念式典の中継を聴きながらの移動でした。

そのラジオを聴いた後は、寝る寝る・・・


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早く着いたため、永平寺近くのお店で早めの昼食。

名物の胡麻豆腐もソースカツ丼も美味しかった!

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行かれた方も多いであろう、永平寺。


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門の前でヤンキー座りの兄弟。

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これも、気づいてる人もいるかと思うけど、まさに私たちの地元・豊橋の人が建立した記念碑??

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蓮の花がきれいでした。

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たまたま写った息子ら。もーとにかく、待つのが嫌で退屈つづきの二人。

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納骨の法要を終えての外の風景。
法要は、大勢のお坊さんたちが出てきて、まるで演劇のようでした。
群読や演奏?含むショーのようだった。

たまたま、自分たちから見て右半分のお坊さんたちがメガネをしていて、左半分(ど真ん中はお偉いお坊さん)はメガネをしていなかったので、長男と「メガネチームとないチームだね」とか言っていた。
とにかく演劇だった(笑)

とはいえ、最後のお坊さんの挨拶には感動して涙が出た。

「もうすぐお盆ですね。
(中略)
ご家族がわずらったりせず、平穏に暮らすことが仏様へのご供養にもなります」
みたいな。

そのお話に感動しつつも、つまらないことですぐに夫ともめました・・・


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もめた原因でもある、永平寺内の見学・・・

子供たちが朝の早い出発から飽き飽きだったため(おまけにその日の永平寺は、おばちゃんもびっくりの超暑さ!!)、見学はいいから早く宿に行こうという感じだったのに、夫はせっかくだからとか、回るものだという感じでお坊さんが案内してくれるツアーみたいなのに参加したがり(ちなみに日帰りの義母と義兄は即帰路へ・・・)、渋々息子たちも私もつき合ったけれど、結果的には回って良かったです。
ツアーの輪からは途中外れて色々見学。

こちらはまだツアーにいた頃の絵天井。


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全体を見なければ、永平寺の広さを感じることができなかったので、暑いし眠いし疲れてるしでけっこうたいへんだったけど(私は今は良くなってきたけど、体調も悪くて)、巡って良かったです。夫にも後でお詫びと感謝を伝えました。


まあ、飽き飽きの二人ですが・・・(笑)

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料理好きの夫が前々からこの本を持っているので、改めて読み返したいと思います。


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この後は、石川県・加賀温泉のホテルへ移動。
そこで私はお友達と会ったのでした!それは次回に(それもあって移動を急いでいたけど、当然ながら家族第一で、理解あるお友達でありがたかったです)。













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by hihararara | 2017-08-10 20:07 | | Comments(0)

永平寺・東尋坊



8月6,7日と福井県の永平寺~石川県の加賀温泉~福井県の東尋坊に行ってきました。
台風が迫る中帰ってきました。
また改めて、ブログにまとめていきます。


【facebook 8月6日投稿分】


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ノーコツエーヘージ(納骨・永平寺)で、今は石川の加賀温泉。

金沢の和ちゃんに会いました
(撮影は息子くん)
詳しくはブログにまとめます。

朝早く目が覚めたので、4時10分から亜由子ちゃんの10000Mを見て(ロンドンにいる清田さんからは、生観戦の写真をいただき。ボルトルポも)、このあと、22時からは真央ちゃんのマラソン見るぞ。
長い一日(笑)
真央ちゃんも、清田さんもファイト




【8月7日投稿分】


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東尋坊は恐いわ、犬と飼い主は似てるわ、かわいいわ(笑)
大雨暴風波浪警報の豊橋に帰ります

☆追記 無事に豊橋の自宅に着きました。
















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by hihararara | 2017-08-09 20:59 | | Comments(0)

東京トリップ④ 最初のバイト先の思い出



アパートのすぐ近くの私の最初のバイト先。
今はやってないお店だけど、店先のこの雰囲気だけでも、伝わるものがあるかと・・・


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【思い出ぽろぽろ】

大学に入って割とすぐの頃からバイトを始めた。
親からの仕送りと、高校3年生の時点で日本育英会の予約奨学生になっていて、その奨学金(返すもの)とバイト代でなんとか暮らしていた。

4年の間にはいろいろやったけど、いちばん最初にお世話になり、長く続けたのが、アパートの近くにある小さなイタリア料理店のウェイトレスだった。
高校の時からウェイトレスはやっていたのと、まかない目当てで、働くなら飲食店と決めていた。


今はもう閉店してしまったので名前を書くのは控えるけど、家の近くでバイトを探していて、ふと見つけたオシャレなお店だった。

コンクリートの打ちっぱなしの建物の、半地下になっている部分がお店となっていて、まずはお客さんとして一人で入り、ランチのパスタセットをいただいた。
美味しかったし、お店や食器のセンスもいいし、お店があまり広くないのも良くて(経験上、広いお店だとテーブル番号を覚えたり、歩き回るだけでもたいへん)是非!と思って働き始めた。


私は主にランチタイムのバイトで、確か朝8時半にお店に行き、14時頃までの時間帯が多かった。(当時の社会科学部は昼から始まる学部だったので)


お店は、奥さんの方がシェフで、ダンナさんがマスターだった。
山口県と北海道出身の純朴なご夫婦で、私と同じ年頃のお子さんが二人いて、ダンナさんは武蔵野美術大学出身で奥さんもアートやデザインに詳しく、デザイナーの常連さんも出入りしていて、食と美に関する刺激に満ちていた。

バイトのメンバーには早稲田の学生もいたけど、専門学校生や美大、短大、フリーター等々様々で、みんなそれぞれ夢を持っていた。

奥さんが作る料理がほんっとうに美味しくて、当時はイタメシブームが続いているような頃だったけど、スパゲッティに関して言えば、そのお店より美味しいお店を私は知らない。


田舎出身ということもあってか、ランチの看板メニューの「ほうれん草とベーコンとしめじのスパゲッティ」には、ほうれん草が一束ふんだんに入っていて(店名が野菜にちなんでいたこともあると思う)、
ランチは、①(上記)ほうしめ ②ナスと魚介(エビ、タコ、ツナが週替わり)のマリナーラソース(トマトソースがベースで、具に応じてスパイスが変わり、ハーブのほかに青じそが入ったりもした) ③和もの(納豆とシラス干しと青じそ(梅ソース)か、明太子と青じそ、もしくは高菜もあったと思う
④コーンとクラムチャウダー(スープスパゲッティ)、⑤カレーソースの中から選べて、ミニサラダと飲み物がついて900円か950円だったと思う。

まかないではいつも、材料がなくなってない限りは好きなものを食べさせてくれて、私は大学1年生の夏休みに太って帰った(笑)


夜のバイトも入ったことがあるけど、アンティパストやラザニアやオリジナルのカルボナーラや、ドルチェなど、いろいろ美味しかった。ワインもいろいろ味見させてもらった。
かぼちゃのチーズケーキやほうれんそうのババロア・・・あーー、もう一度食べたい!

スパゲッティはだいたい味を再現できるけど、かぼちゃを蒸して丁寧に裏ごしして作るチーズケーキや、なめらかなババロアは無理だなあ。


すごく感性を磨いてくれる場所でした。


実は、私の2冊目の小説の『赤土に咲くダリア』は、その奥さんが私をたとえてくれた表現からタイトルをいただきました。
なので、本が出た時はお贈りし、喜んでもらった。

バイト先に触れてる部分2ヶ所はこちら・・・



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現実と虚構が入り混じってるけど、バイト先の奥さんの言葉は実話(笑)


昨日探したら、バイトのメンバーで集まった時の写真があったので2枚だけ。

髪が長かった頃の私(たぶんまだ18歳)

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バイトちゃんたち、大集合!
(私は迷走中の髪型で、後列左から2番目。大学2年かなあ~)

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大学での出会いや思い出にも恵まれてるけど、バイト先でのいろいろも一生忘れられない思い出です。

このお店の話を特にしたわけでもなかったのに、今、長男がイタリアンにいちばん興味があり、バイト先もある面似ていて不思議です。



そして、このバイト先の写真と同時に見つけた、水害の時(ひとつ前のブログ参照)の記念写真。
こういう時に写真を撮ってしまうのが昔も今も変わらない(笑)

乾いたところにぎゅっと集めて過ごしていた様子(笑)


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テレビの上の大黒様は、私が中学の時に実家で見つけた祖父の時代のもので、以来大事にし続けて、東京~島根と持ち運び、今の家の床の間に置いてあります。

アナ研のQも写ってるね!


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この頃の私はソバージュからストパーかけたようだ(笑)
状況的に、笑うに笑えない顔ですね。



ということで、4回に渡って書いてきた東京にまつわる心模様はこれにておしまい。

思った以上に、多くの方々に読んでいただきました。
ありがとうございました。

青春時代を胸に、お互いますます前進しましょう~(^^)/















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by hihararara | 2017-07-06 21:19 | | Comments(0)

東京トリップ③ 最初のアパート周辺散策編


*東京から日が経ってきたら、テンションも下がってきて(笑)、読み返してみると、何をそんなに長々と思うのだけど、書き足し書き足し、記録しておきます。

今回の東京に関しての記録、最終回(の予定だったけど、ラストから2番目)。
たった一泊二日だったけど、いろいろ感じました。

大学や住んでいた場所へのノスタルジーみたいなものは、そんなに強い方でもないけれど、今回、どこに行こうか考えた時、妹と4年間住んだ東北沢(アパートは渋谷区大山町)は、小田急線の工事の関係で駅周辺が変わり過ぎていて、いざ現場に行ったら複雑な気持ちになるかも、とも思い、とりあえず早稲田に行ったので、最初に住んだアパートを目指しました。

これはアパートに続く坂道。

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私は自己推薦入試で早めに決まっていたので、一般入試の学生で混み合う前に、母と1月頃東京へ出向き、その日のうちに決めたアパートだった。

当時、早稲田駅のすぐ近くにあった東京第一学生会という不動産屋(対応してくれたお兄さんの顔や眉毛や特徴的なしゃべり方をいまだに思い出せる)で紹介してもらった物件を二つ巡り、私が気に入ったのではナイ方に決めました(笑)

写真だとあまりわからないけど、この坂道が急で、これを毎日上り下りするのか、ってのは気が重かったけど、学校から歩けるというのは大きかった。



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大家さんはおばあさんだったので、もうないかなあと思ったけれど、行ってみたら、あった!


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この、2階のいちばん右側の部屋。
当時(1991年)はまだ新築くらいで、外壁は真っ白だった。
今回、茶系に塗られていて、昔はなかった蔦が茂っていて、それはそれで意外とよかった。
(雨の日の撮影なので、暗いです)



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目の前が駐車場だったので、日当たりが良過ぎるくらいだった。
(その構造が変わってないのは、ちょっとした感動だった)


場所としては、昔のフジテレビや東京女子医大がすぐ近くで、上京して間もない頃、住人の早稲田の男の先輩に、フジテレビの横の洋食屋さんで、ピザをごちそうになった。


たぶん、この先はここを訪ねることはなさそうに思うので、この際色々書いておく!(笑)

このアパートの思い出は・・・


学校から歩ける距離だったので、男友達や男の先輩たちにやたら泊めて泊めてと言われたこと(笑)
特に体育会で、寮生活だったような友達の中に、なぜそんなに?というほどしつこい人もいて、飲み会で帰れなくなった人が深夜にやってきたり(警戒していたのでベッドには上がらせない(笑))、本当はここは、異性は上がらせない、というルールだったのに(大家さんの話では過去にトラブルがあったそうで)、何人か泊まっていった(*別に危険なことはなかったし、当時の私はピュアというかウブというか、男友達は多かったものの、彼オンリーだった)。


さらに、自宅暮らしの女友達(そんなに親しくない子複数)から頼まれて、彼と泊まりたいために、一度私の家から親に電話をし、私まで電話口に出て、その後彼女らはどこかに消えていった。意外と地味なタイプの子に利用された(笑)


当時は携帯電話がなく、留守番電話だって贅沢だと言う人には言われる時代で、その留守電に残されたヘンテコなメッセージの思い出・・・

①テンション高い女性の声・・・


「あのぉ、間違えてかけちゃったんですけど、お名前っていうところ、なまってますよ!!キャハハハハ!!」
(これ、書き言葉だと表現できないけど、私が録音していた「お名前とご用件をお話しください」の「お名前」部分が方言で、自分ではなまってるつもりはないけど、そうだったらしい)


②テンション低い男性の声・・・


「~~さんのお宅ですか?(私の名前ではない)~~さんのお宅でしたら、この間セックスするお約束はどうなったんでしょう?一度約束しておいて守らないなんて卑怯だと思います」
みたいな!!

東京って恐いところだなあとちょっと思った(笑)


③これは、ヘンテコじゃない留守電の思い出として・・・

実家から離れて、私は家族それぞれの誕生日に必ず電話を入れていた。
大学1年の私の誕生日(2月)に、妹の主導で、実家の家族からそれぞれお祝いのメッセージが入っていた。
その中に、当時難病で、だんだん言葉が話せなくなっていた祖母からの声・・・
聞き取りづらい声で、「まさよちゃん、おめでとう」と言っていた祖母の声。その後祖母は、本当に言葉が話せなくなり、やがて亡くなった。
その声は、ずっとずっと消さずに取っておいてあり、今も再生できるかはわからないけれど、テープと電話機は取っておいてある。
今では祖父も亡くなった。


☆2年だけ暮らしたこのアパートの最大の思い出・・・


1年生の12月1日だったかに、ラグビーの早明戦に行くことになっていた。
入学する前から楽しみにしていた伝統行事。
サークルでチケットを得るために、夜中に男子学生に混じって新宿に並びもした(その後チケットの入手法はハガキでの抽選に変化)。


その早明戦の前日の午後、洗濯機で洗濯をしていた。
この部屋はワンルームで、ユニットバスは付いていたものの、洗濯機置き場がなく、冷蔵庫の横に洗濯機を置いて、排水ホースを伸ばして(ホースを二つつなげて)、ユニットバスの排水口に水を流していた。
洗濯機が回り始めると、狭い部屋でその音を聞くのが嫌で、たいてい散歩に出かけていた。


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その日もいつも通り近所のコンビニで立ち読みなどをして過ごし、戻ってきたら、私の部屋の下の共同の勝手口が水浸しになっていた。
大家さんが派手に水掃除でもしたのかなあ~と思ったところに、大家さんが「藤村さん、あなたのお部屋たいへんよ!」と。
その瞬間、洗濯機が何か問題を起こしたのだと思った。


慌てて部屋に入ったら、部屋中水浸し!!
排水ホースが外れて、洗濯の水がすべて漏れてしまっていた。
カーペット敷きの部屋だったけど、歩くとブシュッと水が噴き出るほど・・・

とんでもないことをしてしまった!!と思った。

6畳ほどの狭い一部屋しかなく、そこにベッドやコタツ机やテレビ台など置いてあり、それらを移動させるにも移動することのできる別のスペースがない。

どうやって片づけたのかわからないけれど、実家から持ち込んだ楕円形の花柄のじゅうたんをクリーニング屋に運んだことは覚えている。

水浸しの水を吸い取るためのタオルにも限りがあり、新聞はとっていない・・・
大家さんに助けてもらいながら、必死に片づけをした。


一段落した夕方、実家に電話を入れた。
母に「とんでもないことをしちゃった」と話すうちに泣けてきて、わんわん泣いた。
情けなかった。

その私に母が最初に言った一言・・・

「あんた、東京に行ってから、初めて泣いたね」

母は少し笑っているような気がした。
意地悪ではなく、娘の失態を笑うくらいの余裕を持っていた。


確かに私は、周りにホームシックや五月病になってる子たちもいる中で、東京へ出て、寂しいと思ったことや嫌だと思ったことは一度もなかった。
毎日が楽しくて楽しくてたまらなかった。

12月まで突っ走ってきたものの、自分の失態により、濡れたものを干す場所も、アクシデントに助けてもらえる相手もすぐそばにはいない、その状況になって初めて、一人暮らしや都会暮らしの厳しさを知った。

母に、水を吸い取るためのボロタオルや新聞紙等々を送ってもらうことをお願いし、電話を切った。


後日、母から届いたダンボールにはタオルや新聞紙がいっぱいと「水害見舞」と書かれたポチ袋が入っていて、たぶん1万円札が入れてあった。
電話口でニヤリと笑った母、「水害見舞」というユーモアに、母の大きさを実感した。


このエピソードは何度も思い出すけど、今、自分の息子がその頃の私の年齢に近づいていて、母のように、どっしりとふるまえるだろうか、と思う。


翌日の早明戦はどうしたかと言うと、ちゃっかり参加しました。
大家さんに「どうしても行きたかった夢なので、行かせてください」とお願いし、窓を開け放して出かけた。


私は夜通し泣きまくり、その日は目がポンポンに腫れていた。
サークルの待ち合わせ場所に行った時、あまりの私のひどい顔に(笑)、親しい男友達が離れた場所から発見した時点で、
「あれって、まさよちゃん?」と話していたそうで、それも記憶に残っている(笑)
まさに腫れものに触るかのような対応をされながら、「針で刺したら水がぶわっと出そう」とも言われて笑われた・・・(*おいちゃんです!)

ラグビー観戦後の飲み会はさすがに辞退し、冷たい部屋に戻りました。

とんでもないことだったので、このアパートを出る時、敷金礼金の戻るかもの方は戻ってこなくて、床の張り替えが必要かも、と言われたけど、その後25年経って、まだ健在ということは、大丈夫だったってことで、よかったです。


*ちょっとこの話が長くなったので、バイト先の話もまとめて書こうと思ったけど、次回にします(^^)/











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by hihararara | 2017-07-01 19:09 | | Comments(0)

東京トリップ② 早稲田散策編


早稲田に最後に行ったのはいつだろう?と思い出して、たぶん、1冊目の『チョコレート色のほおずき』を出した頃(2003年)だろうと思った。
学生のサークルから取材を受けて、フリーペーパーみたいなものに掲載してもらったし、学校発行の「早稲田ウィークリー」にも小さく出たよ(笑) 大学の図書館には本が入ってるはず。

でも、その時の学校の建物がすでに新しくて、入試を受けたり、私たちの学部があった14号館も、サークルの部室があった学生会館もピカピカになってしまったことが寂しくて、以来、足が遠のいていた。
古くてボロい早稲田が好きだったのだ。

今回久しぶりに行こうと思ったのは、当初予定していた友達と会うことや打ち合わせを私の都合で事前にキャンセルしたため(講演に集中したかったことや、初の泊まりで、事前の家事も含めると体力的にも精神的にも翌日の自分がどういう状態になっているのか読めなかった)、
空いた時間にまず、東京で食べたいものとして、学生時代好きだった、トムヤムラーメンが浮かんだのだった。



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これ、私が学生の頃は、週に1度だったか月に1度だったか半額の日があり、当時の彼と毎回通っていた。
その頃からタイ料理やパクチーが大好きだった(笑)

その店は、グリーンカレーやカオパットパッカナーとかも美味しくて、その彼の後の彼も、今の夫も連れて行ったほど(笑)
夫も一時ハマって、東京出張の時に1人でも早稲田まで行って食べていたほどだった。


でも今回、ちょっと違ったかなあ~
レモングラスの香りが強いことは期待通りだったけど、昔はもっと魚の出汁が効いていて、辛さと酸っぱさの中に感じられる魚の奥深さに、辛いのが苦手でも、その秘密を探りたくてスープを飲み干してしまうほどだったのに・・・
今回は、酸っぱみばかりが強く感じられた。

とはいえ、パクチー大盛りにしてもらって満足。
後ろの席で全然知らない男性が、親知らずを抜いた話を熱心にしていた(笑)


この日の私は、妙なハイテンションになっていて、小雨の中をがしがし歩いた。
東京駅のコインロッカーに荷物を入れて、講演用のハイヒールではなく、ペッタンコの靴で・・・


高田馬場から早稲田までは、通っている頃は遠かったのに、懐かしくってあっという間だった。



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この、西早稲田から学校へつながる小道・・・
チョコとんはなかったけど(笑)、このくねった感じが懐かしかった。



早稲田の校歌の冒頭に「都の西北 早稲田の杜に」という歌詞があるんだけど、学生時代は早稲田のことを杜だと感じたことはなかった。緑豊かな田舎から出て行ったからかもしれない。
でも今回、早稲田って確かに杜なんだと思った。
校内に緑が溢れていて、いい環境だなあと思った。

ブレてるけど、このスロープにグッとくる人もいると思って掲載。



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木々の配置は同じでも、この立派な校舎は、私たち世代は見慣れない(笑)



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留学生が自分たちの頃より多い気がした。



さて、全く知らない同窓生もいるかと思うけど、これが現在の14号館、社会科学部。

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私たちの頃と違って、今の社学は偏差値が高くて、超優秀なんだよね。ラッキーだよね(笑)

でも私は自分たちの時代の、いかがわしくて、男も女も超個性的な面々が集まっていた当時の社学を誇りに思う。


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15号館は、耐震対策がなされていたけど、建物自体は変わらなくて、うれしかったし、ドキドキした。
あの頃の、彼らや彼女らの面影をあちこちに見る思いがした。


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101の大教室。
ここはいちばんお世話になった部屋だったかも。
椅子は立派になってるけど、黒板までの距離感とか変わらない。
試験の時に、変な人がどんどん入ってくると思ったら全部自分のクラスの男子だった!みたいな気持ちもよみがえった(笑)



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早稲田大学、観光スポット的にもなかなか絵になる大学でした。




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大隈重信像も、頭の中での思い出より立派だった。


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こんな風に、なぜなのかはわからないけど、着流し風の男子学生もいたり、学生運動のメガホンの人は変わらずいたし、妙に気取ったファッションの男女もいたし、これが大学生、これが早稲田だと思いました。

自分もふくめて、小さくまとまっていて、バランス悪い自己顕示欲とか見栄とか、自分たちではイケてると思ってても、大学生というのはかなりイタイ・・・(笑)
でも、それがいいんだと思う。

どうしても行きたかった早稲田で、仲間と切磋琢磨しながら過ごせた4年間は、大げさではなく宝物。


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たまたまその日は、是枝監督が大隈講堂に来る日だったようで、さらりと大物卒業生、みたいな感じも、早稲田の魅力。
学生の頃から、同年代に有名人がいたわけだけど(私たちの頃なら八木沼じゅんじゅんとか、同じ自己推薦の一つ下に子役で活躍した小川範子とか、のちには広末涼子とか)、今なら南谷まりんちゃん辺りか・・・

*是枝監督のみに触れたけど、その後調べたら、この坂元裕二さんは脚本家で、「東京ラブストーリー」「最高の離婚」「カルテット」など話題作いっぱい!




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この大隈講堂前の広場も、たくさんの思い出がよみがえる場所。
サークルの学祭でのサテライトスタジオ(ペンキ缶を蹴っ飛ばした、高校の制服でピンクレディー、司会した、花束もらった、胴上げされた)、階段ではのちのゴスペラーズのメンバーがアカペラの練習をしていたし、演劇サークルの人たち(たぶん重なる年代なら堺雅人とか映画監督の三浦大輔)がトレーニングしたり立て看板をつくっていた。

ある夜、知らない人たちが輪になって鍋をしていて(本当は禁止)その中に友達がなぜかいて、呼ばれたので一緒に鍋に加わったんだけど、話をするうちに、アフロ頭のボスみたいな男性と口論になり(笑)、負けずに対抗した翌日、その人がメガホン持って学生に呼びかけしてて(革マル派とかそういうの)、めっちゃ焦った思い出もある(笑)

NHKの街頭インタビューをここで受けて、放送されたこともあった。

とにかく、あの頃の自分やあの頃の仲間を思い出せてよかったです。


この後は、大学時代に最初に住んだアパートへ向かったんだけど、その途中の商店街で、「キッチン南海」のおじさんの横顔を見れて感激。

「南海」はヘビーな(男子にとってはありがたい)揚げ物が多かったので、結局は1度くらいしか行かなかったけど、お店の小窓から見えるおじさんの横顔は学校へ行く時にいつも目にしていたような気がする。

厨房の熱気を受けていつもテカった赤いお顔をしていて、今回見たおじさんは、同じ横顔で、でも、髪が白髪になっていて、お声をかけるほど親しくないのでそっと見ただけだったけど、年月が経っても変わらずに、おじさんがそこにいてくれることに感激した。

その瞬間よりも、実は家に戻って、そのおじさんの話を長男にしていた時に泣いてしまったのだった。

私が大学卒業後に、国内でもあっちこっち、海外でもあっちこっち住んだり旅したりしている間中、また、私がどこにも足を伸ばせず育児に奮闘していた間中、キッチン南海のおじさんは、あの狭いお店の中で、学生に向けて毎日毎日美味しい食事をつくっていたんだろうな、と思ったら、おじさんの経てきた歳月、自分が経てきた歳月を想像して泣けちゃったのだ。

生きてるってありがたい。

大学時代のゼミの先生は亡くなったし、友達にも先輩にも亡くなった人いるし、もちろんみんながずっと元気というのはあり得ないのだけど・・・

それでも、変わらない風景と、変わった風景と入り混じる中で出会えた、変わらないおじさんの変わった部分(白髪とか)に、時の流れと、なんとか生き抜いてきたお互いの年月を勝手に想像し(私も白髪できたし)、胸がいっぱいになった。

一回もしゃべったことない相手なんだけどね!(笑)

早稲田は、学校の周辺も人々も卒業生も思い出も含めて、全体が早稲田なんです。

何が良かったって、放置されてたのが良かったんだろうなあ~






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by hihararara | 2017-07-01 19:00 | | Comments(0)

東京トリップ① 周辺散策編


久々の東京、スキマ時間や翌日、楽しみました。

こちらは、今回の講演会場と懇親会場の間に位置するホテル。
外国で一人で泊まったことはあちこちあるけど、もしかしたら日本では初めてではないか?
ってことでサッパリわからない私は、頼りになるお友達に教えていただきました。ありがとう💛


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ちょっとグレードの高いお部屋にしてもらったので(念のため会議に参加の方も読むので・・・これは私の希望での私持ちの宿泊です)、アメニティも良く、一泊の間に、3回お風呂に入って、そのたびに「幸せだ~~」とつぶやいてました(笑)


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東京に住んでいた頃、存在は知りながらもご縁のなかった千疋屋。
近づいてはみたけど、やっぱりご縁がなかった(笑)
ザ・東京って感じの価格!!

美味しいものはふだんから食べてるからね~

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こちらは、ホテルの近くでふと入ったカフェのグラスショートケーキ。
生クリームに砂糖を入れてなくて、ケーキ生地の甘さでいただくので、ちょうどよかった。
コーヒーは3段階の焙煎から選べて、接客も当たりだった!


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完全におのぼりさんで、かつて東京に住んでいた頃、学校と職場以外で自分がよく出かけた地域はたぶん、
①渋谷 ②下北沢 ③新宿 ④表参道 ⑤神宮球場(これはサークルやウグイス嬢の関係でw)って感じで、銀座や京橋辺りはさほど行かなかったので、いろいろ目新しく、通りの雰囲気などが、ニューヨークに似ていて、外国気分だった。

私が住んでいた頃より圧倒的に外国人観光客(東洋人)が増えていたので、私のおのぼり的行動がおかしくても、観光客と思ってもらえたらいいやと開き直っていた(笑)



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住んでいた頃から思っていたことだけど、東京は緑が多い。
こういうビルが、東京の底力という気がしちゃう。


建物に写り込んでる私。
この辺の雰囲気もニューヨークを思い出す(それはそれで現在のニューヨークを知らないけど)。

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お部屋の鏡で撮った、44歳のセルフポートレート。


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暮らしていた頃の倍の年齢になったんだなあ~
いい年になったなあと思った。

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こちらは懇親会後の一人飲み(笑)

なんで?って感じでしょうが、私は、パーティーとか懇親会とか、意外と食べられなくて(特に今回はみなさまとお話するのも忙しく)、終わってからホテルに戻ってお腹が空いてることに気づいた。
その後のみなさまとの飲みにも誘ってもらったんだけど、ちょうど自宅から電話やメールが入っていたり、夜遅くに予定もあったので引き上げて、何か買いに出たけど、食べたいものがなくて、コンビニとかプロントもなあって思って(とにかくふだんと違うことをしたい)、路地裏で見つけた香港居酒屋の「お疲れ様セット!」(笑)
これも当たり!!


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飲み物プラス、たっくさんの種類の冷菜、揚げ物&おかず系の中から選べて、羽つき餃子がついて(別に羽はいらんけど)1280円だったかな。全部は食べきれませんでした・・・

そもそも私は一人旅が大好きで、このお店は、中国系の店員さんに愛想がなくて、現地の言葉でみんなしゃべりまくってるのが異国気分で良かった。
この店から友達にメールしたら、私をよく知る彼女(外国暮らしの経験あり)が大ウケで良かった。
人に会う予定があるのに、気づけば一人飲み&ギョーザ!!

そして、予定をこなしてホテルに戻り、幸せに眠りました。
・・・のはずだったけど寝れなかった!
ほんとに、これも前々からだけど、うれしいと眠れなくて、前夜も当日もほとんど寝てない・・・アホ!!



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明けて朝、6月28日のたぶん6時半くらいの窓の下の風景。
人からするとバカみたいだろうけど、ホテルの11階から見下ろしたこの風景を見て、朝から泣いちゃいました。

当たり前だけどふだん住んでいる豊橋の家とは全く違う景色。
この景色を見られる自由を得られるくらいに子供たちが大きくなったこと、チョー自由奔放だった私(半年先の住所がわからないような独身時代)が、結婚して出産して、家庭第一に過ごしてきた期間があったこと、
そして何より、かつて憧れて憧れて暮らした東京に、招かれる形で戻ってこれたこと。
小説の打ち合わせで招かれていた時も幸せだったけど、今回は一層幸せを感じた。

何を指して「東京」と言うのか、とても漠然としたものだけど、かつての私は、東京が必要で、東京という山に挑み、やがて東京が必要ではなくなり、自分の中では卒業した感覚だった。

その日、ホテルから見下ろした風景を見た時、私は東京を超えた、と思った。
もちろん、自分の中の東京であり、人によっての東京(象徴)は違います。
それが、たまらなくうれしくて、感動して、母に電話してしまったほどだった(笑) お父さんにもよろしく!と。

学のない両親が裕福ではないのに東京へ出してくれたおかげで今の私がある。
カムバック東京 with あの頃より大きくなった自分 という気持ちでした。
この感覚、わかってくれる人も多いと思う。

東京出身のお友達も多いので、地方出身者のこんな思い入れはご迷惑とも思いつつ、今の東京の位置はよくわからないけれど、かつてはやはり憧れに足るものがありました。
住んで、もがいておいて、良かったな!


11時のチェックアウトギリギリまでのんびり過ごして、東京駅へ・・・
美しいね!


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ホテルのエレベーターで、読めない言語でLINEをやってる東洋人の女の子と一緒になり、
電車に乗ったら目の前のビジネスマン二人がパソコンを開いていた。
私が住んでいた90年代にはなかった風景。
今回の滞在でその変化を感じられたことも大きかった。

(つづきます♡)







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by hihararara | 2017-07-01 18:53 | | Comments(0)

旅日記(98~99のヨーロッパ)


【9月14日 FB投稿分】

美術系の兄さんとダリ~スペインの話をして、お見せしたくなった旅日記。

98年11月~99年2月の3ヶ月の旅で(拠点は当時妹が住んでいたミュンヘン)、
ここに載せたのは、

バルセロナの居酒屋風景~ダリが最愛のガラと晩年を過ごしたというカダケス
~サグラダ・ファミリアで会った外尾さん(和ちゃん、あの場面のスケッチはコレ!)
~パリのカフェ~ギリシャのホテルでお会いできた教会系の偉い人
~ホームステイさせてもらったマグロ問屋の家族。



あくまでも走り書きなので、スペルが間違ってたりもするけど、
書いて(描いて)おいてよかった!
今でも「その場面」がありありと思い出せる。

あんな旅はもう二度とできないし、やっておいたおかげで生きていける。


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by hihararara | 2016-09-16 22:34 | | Comments(0)

茶臼山高原

 

例年行っていたひるがの高原から、今年は茶臼山高原へ・・・

7月27日~29日
阿寺の七滝~茶臼山高原☆(写真は順不同)
コテージの料理はいつも通り全部夫w(肉の丸焼きしか載せてないけど)
豊橋も涼しかったらしいけど、茶臼山高原、夜は寒いくらいでした。
星がきれいで、見上げてるうちに涙出た。
同じ時、加計呂麻島で星空を見ている友達のことも想像した。
近くの牧場に野生の鹿が夜な夜なやって来てるらしく、40頭ほど見てきたよ!

 

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by hihararara | 2014-07-30 11:07 |

朝の思い出

おはようございます。  今日は旗当番で、いつも行く前は、めんどくさいな~って思うけど、行って小学生の集団に会うと可愛くて楽しくなる(笑)

朝の澄んだ空気+子供ってなると、いつも思い浮かべるギリシャの光景があって・・・
前も書いたことあるけどもう一度。

村上春樹の『遠い太鼓』に出てくる「雨のカヴァラ」の中で、パン屋の少年が店のお手伝いをしていて、誇らしげに、いかにも嬉しそうに語りかけてくる場面。
「グッ・モーニング。ワッ・キャナイ・ヘルプユー」

その、きゃぴきゃぴキラキラした感じ(想像)を思い出して、谷川俊太郎の「朝のリレー」みたいに、外国の朝の子供たちを想像する。

『遠い太鼓』は、80年代のヨーロッパを描いたエッセイなので、パン屋の少年はすっかりオッサンだけど・・・

ちなみに私は、それに感化されたわけじゃないけど、カヴァラのマグロ問屋にホームステイさせてもらったことがある。
村上春樹は、パン屋の多い街って書いていたけど、それほどでもなかった。

書きながら今ふと思い出した毎朝のように会ったおじいさんの、「ぐっも~にんぐ。ハブ・ア・ナイス・デ~イ、ふぁっ・はっ・・は(ものすごくスロー)」って笑顔。

ギリシャは、カヴァラと超マイナーなタソス島ってところにシーズンオフの冬に行ったので(一人旅)、にぎにぎしくなくて、それもまたよかった。
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by hihararara | 2014-05-14 23:05 |