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お通夜と西田幾多郎とビル・エヴァンス


伯母(正式には父方の伯父の奥さん)が亡くなり、夫とお通夜に参列した。

享年86で、ご家族の思いは様々だろうけれど、大往生に思われ、斎場の空気は明るく感じられた。

伯母さんが好きだったという、紫をアクセントとした花が飾られ、衣装やネックレスや死化粧も美しく、遺影の顔は、私が知る伯母さんの顔で、あの、元気でちょっと早口のしゃべりが聴こえてきそうで涙が込み上げた。

いつ会っても、ちゃきちゃきした女性で、カラオケ教室の先生もしていたので、BGMは、本人が10年前?に出したというアルバムから、本人の歌声が響いていた。

素晴らしい。

まだ明日がお葬式で、私は明日は欠席で申し訳ないのだけど、今日のうちに、弔いの気持ちで書かせていただきます。


思えば、伯母さんが、今の私の年頃に、小学生くらいだった私は、伯父の家にお盆やお正月におじゃましていたのだと思う。

男ばかり4人兄弟(本当はお姉さんもいたけど亡くなった)のうち、私の父は末っ子で、長兄である伯父とは20歳も年が離れていて、私にとっての血のつながったお祖父ちゃんやお祖母ちゃんは私が幼い頃に亡くなってしまい、父にとっての実家ではないけれど、長兄の伯父の家に集まることが多かった。

詳しく書くとわかりにくいし濃くなるので割愛しながら書くけど、考えてみれば、昔はそれが当たり前だったとはいえ、夫の弟たちの妻子を楽しく迎えてくれた伯母さん、ありがとう、って今一層思う。

猫が複数いるおうちで、特にシャム猫が優雅で素敵だった。

亡くなった伯母からすると孫にあたる杏里ちゃんが、今巨人にいる大竹投手と結婚し、カープ時代の結婚だったので、私も広島での結婚式&披露宴に参加させてもらった。

今日も「読売巨人軍 大竹寛」というお花が届いていたけれど、そういう華やかさが似合う親族であり伯母だった。

別のお孫ちゃんのありさちゃんとは高校の同窓にあたるので、昨年行って来た講演の話や、昨年までの校長先生の話ができてうれしかった。

私のいとこである、伯母の娘さん二人とは、昔は年が離れて大人と子供という感じで話ができなかったけれど、大人になった今は色々気軽に話せてうれしい。

姉妹のダンナさんもそれぞれいい人たちで、お姉さんの方のダンナさんは、夫といっぱい話してくれてうれしかったし、妹さんの方のダンナさんは出身が鹿児島で、私が7月末に出かけた鹿児島講演や鹿児島の方言の話などできてうれしかった。


すでに長いけど、今日、お坊さんの話で印象的だった、哲学者の西田幾多郎の歌。
同じ内容だけど、お坊さんが以下のどの言葉で紹介したか忘れたけど、調べると表現や解釈も様々だったので、3つ載せます(下のURLは、それぞれ出典)。

わが心深き底あり 喜も憂の波もとゞかじと思ふ


わが心深き底あり 喜も憂の波も届かじと思う

わが心深き底あり 悲しみも憂いも ついに届かじと思う

https://ameblo.jp/kmomoji1010/entry-11748189413.html

http://imakoko.hamazo.tv/e3127720.html

http://tannisho.a.la9.jp/9_FukakiSoko.htm


西田幾多郎が人生において、妻の病気や息子の死などどん底の時に詠んだ歌で、1番上が原型で、いちばん下となると、喜が悲しみになってしまっている点でおかしいのだけど、お坊さんの話では、波立つような感情ではなく、深いところの安定した感情のことを、お経を唱えることになぞらえていた。

私はもう一歩解釈を進めると、本当のところは西田さんに聞かないとわからないけれど、絶望と希望と両方受け取れる。

わが心というものが、喜びも憂いも届かないほど底の深い大きなものであるという達観にも読めるし、
これほどまでの喜びや憂いを感じても、もはや動じないほどの深い心に諦めを感じているようにも読める。

できれば達観であってほしいけれど、本当に辛い体験は本人にしかわからないから、自分も含めた他人の解釈はあてにならないような気がする。

いずれにしても、人間の心の深さが深海どころか天界につながっている、執着を手放し、この世とあの世をつなぐほどの器であってほしい、みたいに私は受け取った。


お通夜の後の親族での食事の場で、今日は夫にビールをゆずり、帰りは私が運転した。結婚の時に夫が買った車で、いまだにカセットデッキがついているのだが、たまたまの私の最近の選択で、自分たちの結婚披露宴の時のBGMとして夫が選曲したビル・エヴァンスのカセットテープが入っていた。

軽快なピアノを聴きながら、思い出してみれば、2000年の9月9日の披露宴の時は参列してくれた私のお祖父ちゃんも、夫の父も、父方の伯父3人も、そして今日のお通夜の伯母も、母方の伯父1人と伯母1人も、この世にはいないんだなあと、しみじみした気持ちになった。

今日のお通夜でも、お兄ちゃんだと思っていた従兄弟二人の頭は白髪で、すっかりオジサンだった。当然ながら。

私だって、立派なオバサン・・・

新しく生まれた命があり、大人たちはみんな老いていき、やがてこの世を去っていく。

そう思うと、どうしたって老いていく人間全体が愛しかった。

親になって初めて知る親の気持ち。

他にも、もっと複雑に初めて知るような大人の気持ちもあったり、夫については、何度も離婚を考えたりもしたけれど、それでも、親戚にかわいがってもらったり、夫でしか埋められないピースが私の親族の中に確かにあるのだ、と思ったり・・・

すべて含めて、ご縁について改めて感じる夜でした。

おばさん、ありがとうね!!!


みなさまが帰った後に、ためらいがちに撮ったため、ぼけているお花より・・・



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by hihararara | 2017-09-12 23:18 | 感動 | Comments(0)
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