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東京トリップ② 早稲田散策編


早稲田に最後に行ったのはいつだろう?と思い出して、たぶん、1冊目の『チョコレート色のほおずき』を出した頃(2003年)だろうと思った。
学生のサークルから取材を受けて、フリーペーパーみたいなものに掲載してもらったし、学校発行の「早稲田ウィークリー」にも小さく出たよ(笑) 大学の図書館には本が入ってるはず。

でも、その時の学校の建物がすでに新しくて、入試を受けたり、私たちの学部があった14号館も、サークルの部室があった学生会館もピカピカになってしまったことが寂しくて、以来、足が遠のいていた。
古くてボロい早稲田が好きだったのだ。

今回久しぶりに行こうと思ったのは、当初予定していた友達と会うことや打ち合わせを私の都合で事前にキャンセルしたため(講演に集中したかったことや、初の泊まりで、事前の家事も含めると体力的にも精神的にも翌日の自分がどういう状態になっているのか読めなかった)、
空いた時間にまず、東京で食べたいものとして、学生時代好きだった、トムヤムラーメンが浮かんだのだった。



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これ、私が学生の頃は、週に1度だったか月に1度だったか半額の日があり、当時の彼と毎回通っていた。
その頃からタイ料理やパクチーが大好きだった(笑)

その店は、グリーンカレーやカオパットパッカナーとかも美味しくて、その彼の後の彼も、今の夫も連れて行ったほど(笑)
夫も一時ハマって、東京出張の時に1人でも早稲田まで行って食べていたほどだった。


でも今回、ちょっと違ったかなあ~
レモングラスの香りが強いことは期待通りだったけど、昔はもっと魚の出汁が効いていて、辛さと酸っぱさの中に感じられる魚の奥深さに、辛いのが苦手でも、その秘密を探りたくてスープを飲み干してしまうほどだったのに・・・
今回は、酸っぱみばかりが強く感じられた。

とはいえ、パクチー大盛りにしてもらって満足。
後ろの席で全然知らない男性が、親知らずを抜いた話を熱心にしていた(笑)


この日の私は、妙なハイテンションになっていて、小雨の中をがしがし歩いた。
東京駅のコインロッカーに荷物を入れて、講演用のハイヒールではなく、ペッタンコの靴で・・・


高田馬場から早稲田までは、通っている頃は遠かったのに、懐かしくってあっという間だった。



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この、西早稲田から学校へつながる小道・・・
チョコとんはなかったけど(笑)、このくねった感じが懐かしかった。



早稲田の校歌の冒頭に「都の西北 早稲田の杜に」という歌詞があるんだけど、学生時代は早稲田のことを杜だと感じたことはなかった。緑豊かな田舎から出て行ったからかもしれない。
でも今回、早稲田って確かに杜なんだと思った。
校内に緑が溢れていて、いい環境だなあと思った。

ブレてるけど、このスロープにグッとくる人もいると思って掲載。



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木々の配置は同じでも、この立派な校舎は、私たち世代は見慣れない(笑)



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留学生が自分たちの頃より多い気がした。



さて、全く知らない同窓生もいるかと思うけど、これが現在の14号館、社会科学部。

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私たちの頃と違って、今の社学は偏差値が高くて、超優秀なんだよね。ラッキーだよね(笑)

でも私は自分たちの時代の、いかがわしくて、男も女も超個性的な面々が集まっていた当時の社学を誇りに思う。


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15号館は、耐震対策がなされていたけど、建物自体は変わらなくて、うれしかったし、ドキドキした。
あの頃の、彼らや彼女らの面影をあちこちに見る思いがした。


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101の大教室。
ここはいちばんお世話になった部屋だったかも。
椅子は立派になってるけど、黒板までの距離感とか変わらない。
試験の時に、変な人がどんどん入ってくると思ったら全部自分のクラスの男子だった!みたいな気持ちもよみがえった(笑)



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早稲田大学、観光スポット的にもなかなか絵になる大学でした。




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大隈重信像も、頭の中での思い出より立派だった。


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こんな風に、なぜなのかはわからないけど、着流し風の男子学生もいたり、学生運動のメガホンの人は変わらずいたし、妙に気取ったファッションの男女もいたし、これが大学生、これが早稲田だと思いました。

自分もふくめて、小さくまとまっていて、バランス悪い自己顕示欲とか見栄とか、自分たちではイケてると思ってても、大学生というのはかなりイタイ・・・(笑)
でも、それがいいんだと思う。

どうしても行きたかった早稲田で、仲間と切磋琢磨しながら過ごせた4年間は、大げさではなく宝物。


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たまたまその日は、是枝監督が大隈講堂に来る日だったようで、さらりと大物卒業生、みたいな感じも、早稲田の魅力。
学生の頃から、同年代に有名人がいたわけだけど(私たちの頃なら八木沼じゅんじゅんとか、同じ自己推薦の一つ下に子役で活躍した小川範子とか、のちには広末涼子とか)、今なら南谷まりんちゃん辺りか・・・

*是枝監督のみに触れたけど、その後調べたら、この坂元裕二さんは脚本家で、「東京ラブストーリー」「最高の離婚」「カルテット」など話題作いっぱい!




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この大隈講堂前の広場も、たくさんの思い出がよみがえる場所。
サークルの学祭でのサテライトスタジオ(ペンキ缶を蹴っ飛ばした、高校の制服でピンクレディー、司会した、花束もらった、胴上げされた)、階段ではのちのゴスペラーズのメンバーがアカペラの練習をしていたし、演劇サークルの人たち(たぶん重なる年代なら堺雅人とか映画監督の三浦大輔)がトレーニングしたり立て看板をつくっていた。

ある夜、知らない人たちが輪になって鍋をしていて(本当は禁止)その中に友達がなぜかいて、呼ばれたので一緒に鍋に加わったんだけど、話をするうちに、アフロ頭のボスみたいな男性と口論になり(笑)、負けずに対抗した翌日、その人がメガホン持って学生に呼びかけしてて(革マル派とかそういうの)、めっちゃ焦った思い出もある(笑)

NHKの街頭インタビューをここで受けて、放送されたこともあった。

とにかく、あの頃の自分やあの頃の仲間を思い出せてよかったです。


この後は、大学時代に最初に住んだアパートへ向かったんだけど、その途中の商店街で、「キッチン南海」のおじさんの横顔を見れて感激。

「南海」はヘビーな(男子にとってはありがたい)揚げ物が多かったので、結局は1度くらいしか行かなかったけど、お店の小窓から見えるおじさんの横顔は学校へ行く時にいつも目にしていたような気がする。

厨房の熱気を受けていつもテカった赤いお顔をしていて、今回見たおじさんは、同じ横顔で、でも、髪が白髪になっていて、お声をかけるほど親しくないのでそっと見ただけだったけど、年月が経っても変わらずに、おじさんがそこにいてくれることに感激した。

その瞬間よりも、実は家に戻って、そのおじさんの話を長男にしていた時に泣いてしまったのだった。

私が大学卒業後に、国内でもあっちこっち、海外でもあっちこっち住んだり旅したりしている間中、また、私がどこにも足を伸ばせず育児に奮闘していた間中、キッチン南海のおじさんは、あの狭いお店の中で、学生に向けて毎日毎日美味しい食事をつくっていたんだろうな、と思ったら、おじさんの経てきた歳月、自分が経てきた歳月を想像して泣けちゃったのだ。

生きてるってありがたい。

大学時代のゼミの先生は亡くなったし、友達にも先輩にも亡くなった人いるし、もちろんみんながずっと元気というのはあり得ないのだけど・・・

それでも、変わらない風景と、変わった風景と入り混じる中で出会えた、変わらないおじさんの変わった部分(白髪とか)に、時の流れと、なんとか生き抜いてきたお互いの年月を勝手に想像し(私も白髪できたし)、胸がいっぱいになった。

一回もしゃべったことない相手なんだけどね!(笑)

早稲田は、学校の周辺も人々も卒業生も思い出も含めて、全体が早稲田なんです。

何が良かったって、放置されてたのが良かったんだろうなあ~






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by hihararara | 2017-07-01 19:00 | | Comments(0)
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