旅の話少々



記事が前後するけど、先週facebookに投稿した内容(9月14日)。

『ヒカリめがね』の副編集長のけいちゃんが我が家に来ることになっていて、見せようと用意していた、昔の旅のスケッチブックの画像が、当日facebookの過去の投稿として、ドンピシャのタイミングで出てきた日でした。

スケッチの一部・・・
(バルセロナの居酒屋風景)

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けいちゃんとのちょっとしたミーティングでのいろいろ。


2008年と2014年のカーサブルータス


サグラダファミリアで、彫刻職人の外尾悦郎さんと(当時、ネスカフェの違いがわかる男CMに出ていた。バッタリ会い、お土産をいろいろいただいてしまったw) 1998年12月


南仏のど田舎で、日本人に初めて会ったというおじさん(日本と言えば、毒のある魚(何かと思えばふぐ)と「愛のコリーダ」(ちんちんカットの映画)とのことだった(なんてエロスとバイオレンスの国なんだ!?)


パリコレの裏側の毛皮工場、立ちションするボーイズ

愛用している、けいちゃん作の、BLUE BIRD の石鹸

今日はシンクロの多い日で、あちこちウケた









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# by hihararara | 2017-09-21 08:54 | | Comments(0)

酒井シェフと長男 @ シラバスフレンチ


【facebook 酒井シェフの投稿より】

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15歳DK初登場

YouTube シラバス フランス料理番組に、視聴者の中からお料理好きな高校生が初登場。

自分の弁当作って学校に行くなんて、かなりの料理好き
料理ドラフトあったら一位指名ダントツやろな 清宮くん、中村くんの比じゃ無いわ


今回はデザートで申し訳なかった、次回ガッツリお料理で再登場予定


プロヴァンスのヌガーグラッセ


*************

私が9月18日にシェアした時の文面・・・

公開は先週だったけど、このタイミングでシェアさせてもらいます。
長男がお世話になりました

酒井さんがお店を出す前に、友達のおうちでのお食事会で、長男は酒井さんからオムレツを教えてもらいました。以来、100回以上作っていて、まだ納得できないらしい。

その憧れの酒井さんのお店に行ってみたくて、聞いてみたら快くOKと。


酒井さんは本当に男前
撮影の日以外にもディナーのお手伝いに寄らせてもらい(見ていた程度だけど)、キラキラした刺激をいただいて帰ってきました。


青春期に「本物」に触れられたこと、大げさではなく人生の宝物です(涙)


酒井さん、アランくん、お店や撮影スタッフのみなさま、健汰くん、まきちゃん等々、ありがとうございました


*長男のクラスメイトくんが、伝えてないのに、すでに発見してくれてたよ(笑)



撮影の日にいただいていた写真を記念に・・・

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# by hihararara | 2017-09-19 20:07 | 長男 | Comments(0)

函館からのお友達


このブログを書くにあたり、カテゴリーを「友達」にするか「地域」にするか迷った上で「地域」にしました。

それぞれの住む地域や日本全国の地域について語れるようなお友達との再会のお話・・・



昨夜は、大学時代、サークルの同期だった永澤くんと、約20年ぶりに豊橋で会いました。

永澤くんは、ふるさとの函館で暮らし、函館商工会議所に勤務しています。

北海道新幹線の開業に尽力したお方です!

今回、東京でのお仕事の研修に加え、今日、名古屋大学での講演(*講演と書いたけど、その後、永澤くんの投稿から、熱いものと判明w→ http://ercscd.env.nagoya-u.ac.jp/jpn/announcements/post_6.html)に自主的に参加するため、せっかく本州に来たのならと、豊橋にも立ち寄ってくれました。

facebookではつながり合って、お互いの近況を知りつつも、久々に会えてうれしかった!!

待ち合わせの時のお互いの第一声は、「変わらないね~」でした。
お互い20年分の歳月は重ねているけれど、会って瞬時に昔のように話せる、やはり旧友は温かいなと思いました。

永澤くんはお仕事上、街づくりに興味があるし、私ももともと好きなので、まずは、豊橋駅周辺を歩いてご案内。

台風が近づきつつあるけど、まだ小雨で良かったです。


豊橋駅構内は、最近ディスプレイが充実していて、スロープ周辺は、季節の花々で彩られるようになり、今は豪華な胡蝶蘭が飾られていました(事前に知っていたので、ちょうど函館の友達が来るタイミングというのはうれしかった)。


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胡蝶蘭の生産者くんやディスプレイを手掛けている人たちも知ってるので、そんな話も交えながら・・・

豊橋駅周辺の緑化やお花のディスプレイは、市民としては本当に誇らしいしありがたい気持ちです。

この後は、西口(地元民は西駅と呼ぶ)周辺の、小さなお店が立ち並ぶ飲み屋街を・・・




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ここの再開発は成功してると思う。

寂しかった通りに、若い経営者たちが入り、若いお客さんが集っている。
ちなみに、奥の方のやきとりの「鳥やす」は従兄弟のお店です。
まだ行ってないけど、友達は行ってくれてて、昨日も、姿は見た(笑)

この後は、東口に戻り、まずは、ホテルアークリッシュ豊橋をご案内。

アークリッシュについては何度か書いてるけど、西武百貨店の撤退後に建てられた、まさに駅前再開発のひとつ。
建築中に、施設をプロデュースした東京の北山創造研究所の勉強会に呼ばれたり、完成後の内覧会にもご招待いただいたこともあって、思い入れが深いです。
北山創造研究所は、全国の駅前再開発を担当しているので、永澤くんも知ってるかと思ってのご案内だったけど、やはり知っていた。

アークリッシュには、今までも宮崎からの大切なお客様が泊まってくれたり、大学同期で巨人の広報の織田くんをご案内したり(気に入って翌年の大竹投手の自主トレの視察の時は泊まってくれたり)、集英社の某編集長と植島啓司さんがお泊まりの際は暖炉の前で語ったり(歌を詠み合ったりw)、ランニング解説の金哲彦さんやドイツからの指揮者の浮ケ谷孝夫さんが宿泊の際は、総料理長の今里くんにもお伝えしたり・・・私の勝手な思いで関わっています(笑)

豊橋にはこんな空間もあるんだよ、って伝えたくて・・・
(空間は素敵だけど、東京の同等ホテルと比べるとお値打ちの豊橋価格で泊まれます)

昨夜も、16階のフロントまで上がり、永澤くんに豊橋の夜景とホテルの空気を束の間楽しんでいただきました。

この後は、水上ビルをご案内・・・

味わい深い商店街や、アートイベント、マルシェ、チャレンジショップなどの話をした後は、「穂の国とよはし芸術劇場PLAT」へ。

永澤くんとの話の中で再発見したけど、豊橋は、ホール系が他にも、ライフポート豊橋、アイプラザ豊橋、文化会館などあるわけで、充実している。さらに、新アリーナ構想もあるわけで・・・(政治的経済的な良し悪しはここでは置いておいて)

その後はまた駅前を通って(南口駅前広場での「まちなかマルシェ」等にも触れつつ)、広小路へ・・・

アーケード街、その先、松葉小路など歩いて(「げん屋」で私は、元の観光庁長官の溝畑さんとプライベートで飲んだことがあるので、そんな話をしたら、永澤くんも溝畑さんの存在を知っていて。やはり観光系や開発系の方々とは接点がある)、さあ、どの店で飲もうか、というところで、最初は「海ぼうず」に行きました。

いつも、飲み会は、大学のOBさんたちとが多くて、お店もセッティングしてくれるので、自分であんまり考えないんだけど(自分で考える時は、kadoに行きたくなるけど、今回は居酒屋系がいいなってのとkadoは来月行く予定ができたので)、永澤くんの考察がおもしろくて・・・

それは「地方のどの駅前も、アーケード街を抜けたその先にまたおもしろい店が必ずある」ということ。

確かに、豊橋の場合だと、ときわアーケードを抜けて、そのまま延長線上の通りに、例えば喫茶フォルムや「かるとん」、さらに行くと、老舗のケーキ屋さんの「マッターホーン」があり、さらにその先に、「海ぼうず」や「大納言」がある。

というわけでの海ぼうずの選択でしたが、残念ながら満席!

ということで、久々の「かちゃぐり屋」に行きました。



食べたかったお好み焼き(^^)


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ふわふわで美味しかった!

カウンターで鉄板のお料理を眺めながら、いろんな話を。

お互い男の子二人の親なので、兄弟の違いやら、家庭、子育て、大学時代の話等々はお決まりだけど、やはり、地域振興に関わっているので、「地域」や「まち」に関する話がおもしろかった。

私は、豊橋において色々観察してきて至っている様々な種類の結論があるのだけど、例えば、市の人口規模によって、政治も経済も文化も、発展の仕方、同時に頭打ちの原因みたいなものが決まってくるということ。

様々な分野の人のパワーバランスなど・・・


東京へ出る前は、ふるさとの渥美半島や豊橋についてどちらかと言えば否定的に見ていたけど、大人になって、全国の人たちと知り合ったり、あちこち行ったりしてみると、豊橋って栄えてる方なんだなあと感じる。

街の発展に経済基盤は必要なわけで、よく知らないまま書いてるけど、財政事情も良い方なんだと思う。

豊橋は日本の中でも便利な位置にあるし、全国と関わりのある企業や工場も多く、孤立したり、取り残されるような感覚はない。

その点で言うのなら、函館は地の利的にもなかなか厳しい面もあるのだなあ(観光の素晴らしさはかけがえなくとも)、その中で奮闘している永澤くん、立派だなあと思った。

函館~札幌間は、現在車でも電車でも4時間かかるそうで、それが北海道新幹線でつながったら、1時間になるんだそう。

そうしたら、経済も観光も確実に変化する。

永澤くんの話は頷くことばかりだったけど、正論が通じるばかりじゃないのが社会で生きる難しさなわけで、特に、都市の規模が大きくて新陳代謝も活発な人間関係の中だと通ったり変化していくことも、決まりきった規模では通らず、逆に叩かれたり、それは豊橋も同じだと思った。

過ごしやすいと同時に、ぬるい、甘いと感じることは多々。

これ以上具体的に書くのは控えるけど(笑)、「わかるわかる!」の連続だった。

日本の生産性が低いと言われる要因は、あちこちの分野や地域で重なっている。

なんとか変わっていってほしいし、仕事に関しても、家庭のことに関しても、自分たちの意識は共感できるということは、今後私たち以降の世代の認識は変化していくだろうし、諦めと同時に希望を感じるような、そういう話だった。

やはり大学でできた友達は、教養や意識の高さなど、特別なところがある。

早稲田大学を表す言葉の中に、「在野の精神」というのがあるけれど、早稲田で学び、地方やふるさとへ散っていった(散るって悪い言葉のようだけれど、そうではなくて、いい意味で蓄えを持っての分散や回帰)仲間たちの現在の様子をfacebookで見たりすると、それぞれの場所において、まさに在野の精神を体現しているような人たちもいて、刺激や感動を受けることがある。

永澤くんはもともと、仲間の中での代表例。
日本を代表するような企業や機関で働いている仲間や先輩、後輩もいるけれど、地域で生きるというのはまた別の難しさや責任、覚悟を要するわけで、私も「在野の精神」は持ち続けていたい。


今、大学のHPから拾ってきた文章を、記録として・・・

【早稲田大学教旨】

学問の独立

「学問の独立」は、「在野精神」「反骨の精神」と結び合います。早稲田大学は、自主独立の精神を持つ近代的国民の養成を理想として、権力や時勢に左右されない、科学的な教育・研究を行ってきました。

学問の活用

もちろん、近代国家をめざす日本にとって、学問は現実に活かしうるものであること、日本の近代化に貢献するものであることが求められました。 つまり「学問の活用」です。安易な実用主義ではなく「進取の精神」として、早稲田大学の大きな柱の一つになりました。

模範国民の造就

庶民の教育を主眼として創設された早稲田大学。その3つめの建学の理念が 「模範国民の造就」です。グローバリゼーションが進展する現代、豊かな人間性を持った「地球市民の育成」と言い換えることができるでしょう。 建学の理念とそこから生まれ受け継がれてきた早稲田スピリットは、私たちの財産。早稲田人がひとしく身につける校風です。


********

校歌にもある「進取の精神」「学の独立」、
「権力や時勢に左右されない」とか「地球市民の育成」など、しっくりくる(笑)


大学時代は、授業という意味では本当に申し訳ないほど勉強をしなかったけど(永澤くんも私も奨学金を借りて通い、17年かかって返した)、勉強や勉強の実践は生涯続くし、いくつになっても刺激し合える仲間を得られて幸せに思う。


おひらき頃に、お店の人に撮ってもらった写真。
(私は眠くなっていた頃)


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永澤くんが、待ち合わせの前に乗って、撮っていた市電。


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初めて降りる友達には意外にも立派で驚かれる豊橋駅。


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*写真は、蘭とお好み焼き以外は、永澤くんからいただきました。


永澤くん、はるばる、ありがとうございました!!

いろんなお友達が豊橋に寄ってくれるけど、函館はいちばん遠いかな。

あ、かつてニューヨークに住んでいたお友達が、ダンナさんの実家の名古屋に来がてら豊橋にも泊まりに来てくれたこともあったな。やはり遠くから来てくれるお友達との思い出や絆は忘れがたい。


帰りは、バスが終わるとたいていタクシーだけど、昨日は初めて渥美線に乗ってみて、最寄り駅から(とはいえ自宅までは遠いけど)、雨の中歩いて帰りました。長靴で防備していたし(笑)、歩きたい気分だった。

東尋坊で買った台風傘(布部分に隙間があり、風を逃す)が役に立った!


☆長いついでに、永澤くんが出ている記事二つです。

同級生の活躍は、社会の中での、今の44歳、45歳の様子や位置を客観的に感じられて、うれしいです。















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# by hihararara | 2017-09-17 17:04 | 友達 | Comments(0)

ほうれい線~おいなりさん弁当


前後しますが・・・

【9月11日FB投稿分】

長男がある件で学校の先生に褒められたそうで、私が、
「その時、アンタ、どんな顔しとったの?」と聞いたら、「ほうれい線!」と言うので、なんとなく言いたいことはわかるが、
「ほうれい線ってどういう意味かわかっとる?」と聞いたら、
「ほうれん草、葉脈、維管束」と、理科の、今次男がやってる辺りの用語を出してきて、それにも笑ったけど、再度ほうれい線について聞いたら、
「ジジイになるとできてくる皺だら?」と言った。
そしたら次男が「ババアになるとほっぺの辺に出てくる線だわ!」と言い出し、なんというか、どっちにも爆笑

<ちなみに、長男は明日のお弁当用のおいなりさんを煮含めながらの話>


で、いちおう調べたら、男性(先生らしい)がお手入れ法を説明しているサイトを発見(笑)




思春期、よくわからない言葉を使いたがるという点で、言葉を覚えたての2、3歳くらいの発言に負けないような名言・迷言発生するので、楽しいです。

知ったかぶるタイプの次男が、夏休みの家族旅行中に福井で、「羽二重餅(はぶたえもち)」の看板を見て、「はにしげもちって何?」と言ったのも最高だった!そりゃわからんでも仕方ない。プライドを傷つけないように気をつけながら笑ったよ。


私もいっぱい間違えながら言葉を増やしていったので、いろいろトライ&エラーしながら学んでいってほしい。



【9月12日】

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昨夜、ほうれい線の話をしながら、長男が煮含めたおいなりさん弁当
二段重ねで、全部で15個。夏休みの一回の指導とネット検索で上手にできた。


早弁用と友達用には、幼稚園からのトーマスのお弁当箱に(笑)


息子弁当投稿も、いい加減くどいとは思いつつ、毎日違う朝のバタバタを記録したくなる。


昨夜は、ほうれい線(投稿ご覧ください)の後、親子ゲンカ(笑)
和らいだとはいえ、まだまだいろいろあるさ~







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# by hihararara | 2017-09-14 19:45 | こども | Comments(0)

お通夜と西田幾多郎とビル・エヴァンス


伯母(正式には父方の伯父の奥さん)が亡くなり、夫とお通夜に参列した。

享年86で、ご家族の思いは様々だろうけれど、大往生に思われ、斎場の空気は明るく感じられた。

伯母さんが好きだったという、紫をアクセントとした花が飾られ、衣装やネックレスや死化粧も美しく、遺影の顔は、私が知る伯母さんの顔で、あの、元気でちょっと早口のしゃべりが聴こえてきそうで涙が込み上げた。

いつ会っても、ちゃきちゃきした女性で、カラオケ教室の先生もしていたので、BGMは、本人が10年前?に出したというアルバムから、本人の歌声が響いていた。

素晴らしい。

まだ明日がお葬式で、私は明日は欠席で申し訳ないのだけど、今日のうちに、弔いの気持ちで書かせていただきます。


思えば、伯母さんが、今の私の年頃に、小学生くらいだった私は、伯父の家にお盆やお正月におじゃましていたのだと思う。

男ばかり4人兄弟(本当はお姉さんもいたけど亡くなった)のうち、私の父は末っ子で、長兄である伯父とは20歳も年が離れていて、私にとっての血のつながったお祖父ちゃんやお祖母ちゃんは私が幼い頃に亡くなってしまい、父にとっての実家ではないけれど、長兄の伯父の家に集まることが多かった。

詳しく書くとわかりにくいし濃くなるので割愛しながら書くけど、考えてみれば、昔はそれが当たり前だったとはいえ、夫の弟たちの妻子を楽しく迎えてくれた伯母さん、ありがとう、って今一層思う。

猫が複数いるおうちで、特にシャム猫が優雅で素敵だった。

亡くなった伯母からすると孫にあたる杏里ちゃんが、今巨人にいる大竹投手と結婚し、カープ時代の結婚だったので、私も広島での結婚式&披露宴に参加させてもらった。

今日も「読売巨人軍 大竹寛」というお花が届いていたけれど、そういう華やかさが似合う親族であり伯母だった。

別のお孫ちゃんのありさちゃんとは高校の同窓にあたるので、昨年行って来た講演の話や、昨年までの校長先生の話ができてうれしかった。

私のいとこである、伯母の娘さん二人とは、昔は年が離れて大人と子供という感じで話ができなかったけれど、大人になった今は色々気軽に話せてうれしい。

姉妹のダンナさんもそれぞれいい人たちで、お姉さんの方のダンナさんは、夫といっぱい話してくれてうれしかったし、妹さんの方のダンナさんは出身が鹿児島で、私が7月末に出かけた鹿児島講演や鹿児島の方言の話などできてうれしかった。


すでに長いけど、今日、お坊さんの話で印象的だった、哲学者の西田幾多郎の歌。
同じ内容だけど、お坊さんが以下のどの言葉で紹介したか忘れたけど、調べると表現や解釈も様々だったので、3つ載せます(下のURLは、それぞれ出典)。

わが心深き底あり 喜も憂の波もとゞかじと思ふ


わが心深き底あり 喜も憂の波も届かじと思う

わが心深き底あり 悲しみも憂いも ついに届かじと思う

https://ameblo.jp/kmomoji1010/entry-11748189413.html

http://imakoko.hamazo.tv/e3127720.html

http://tannisho.a.la9.jp/9_FukakiSoko.htm


西田幾多郎が人生において、妻の病気や息子の死などどん底の時に詠んだ歌で、1番上が原型で、いちばん下となると、喜が悲しみになってしまっている点でおかしいのだけど、お坊さんの話では、波立つような感情ではなく、深いところの安定した感情のことを、お経を唱えることになぞらえていた。

私はもう一歩解釈を進めると、本当のところは西田さんに聞かないとわからないけれど、絶望と希望と両方受け取れる。

わが心というものが、喜びも憂いも届かないほど底の深い大きなものであるという達観にも読めるし、
これほどまでの喜びや憂いを感じても、もはや動じないほどの深い心に諦めを感じているようにも読める。

できれば達観であってほしいけれど、本当に辛い体験は本人にしかわからないから、自分も含めた他人の解釈はあてにならないような気がする。

いずれにしても、人間の心の深さが深海どころか天界につながっている、執着を手放し、この世とあの世をつなぐほどの器であってほしい、みたいに私は受け取った。


お通夜の後の親族での食事の場で、今日は夫にビールをゆずり、帰りは私が運転した。結婚の時に夫が買った車で、いまだにカセットデッキがついているのだが、たまたまの私の最近の選択で、自分たちの結婚披露宴の時のBGMとして夫が選曲したビル・エヴァンスのカセットテープが入っていた。

軽快なピアノを聴きながら、思い出してみれば、2000年の9月9日の披露宴の時は参列してくれた私のお祖父ちゃんも、夫の父も、父方の伯父3人も、そして今日のお通夜の伯母も、母方の伯父1人と伯母1人も、この世にはいないんだなあと、しみじみした気持ちになった。

今日のお通夜でも、お兄ちゃんだと思っていた従兄弟二人の頭は白髪で、すっかりオジサンだった。当然ながら。

私だって、立派なオバサン・・・

新しく生まれた命があり、大人たちはみんな老いていき、やがてこの世を去っていく。

そう思うと、どうしたって老いていく人間全体が愛しかった。

親になって初めて知る親の気持ち。

他にも、もっと複雑に初めて知るような大人の気持ちもあったり、夫については、何度も離婚を考えたりもしたけれど、それでも、親戚にかわいがってもらったり、夫でしか埋められないピースが私の親族の中に確かにあるのだ、と思ったり・・・

すべて含めて、ご縁について改めて感じる夜でした。

おばさん、ありがとうね!!!


みなさまが帰った後に、ためらいがちに撮ったため、ぼけているお花より・・・



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# by hihararara | 2017-09-12 23:18 | 感動 | Comments(0)