『泉塾』 母校 田原市立泉中学校での講演


丁寧に書きたいと思い、遅くなってしまいました。

11月13日 月曜日、母校の田原市立泉中学校の全校朝会後の「泉塾」という、年に一度の企画の中で、講演をさせていただきました。

私たちが通った頃は「渥美町立泉中学校」という名前だった母校。
市町村合併で「田原市立泉中学校」となり、その後、生徒数減少に伴い、2021年度には、田原市立赤羽根中学校に統合されることが決まっています。

母校がなくなることは、とても寂しいです。
でも、少人数で過ごすことで起こる弊害を、現場の声として聞いてもいたので、現在校区にいるみなさまや田原市の決定を、外部にいる私たちはひたすら応援したいと思います。

そのような環境の今の泉中学校に呼んでいただけて光栄でした。
16年前の他校での私の講座を覚えていてくださり、去年のうちからお声かけくださった校長先生に感謝です。
ご期待にこたえられるように、精一杯私なりに泉への思いをお伝えしたいと思いました。

講演の始まりの様子はこんな感じ・・・(以下は、参加してくれた私の友達の撮影分や、学校からいただいた写真より)

c0189426_21583250.jpg

c0189426_21544825.jpg

8時15分からの予定と言われていたので、私は豊橋の家を6時50分には出発しました(ふだんなら1時間あれば余裕の距離感です)。

ところが、朝の出勤のための渋滞が想像をはるかに超えていて、いつもの道は工場地帯に向かう渋滞で動かず、Uターンして国道へ戻ってもそちらも動かず、途中、泣きそうになりながら教頭先生にお電話し、焦りに焦って学校へ駆け込んだ状態でした。

幸いにも、優秀な生徒さんたちの表彰がたくさんあり、滑り込みセーフ。
遅れたら当然お詫びから入ろうと思っていましたが、ギリギリの状況に逆に緊張が消え、ニコニコ(ニヤニヤ?)と、自然な笑顔で生徒さんたちの前に立つことができました。

私が笑っていたからか、子供たちの素直な反応なのか、私を見てニコニコしてくれる子たちに救われ、励まされて話を始めることができました。

生徒たちの後ろには、朝早いのに足を運んでくれた(私よりも早く!)友達が6人もいてくれました(本当にありがとう)。

以下、37枚のスライドの中の一部ですが、どんな内容か想像していただければ、と思います。
*スクリーンショットのやり方がわからないので(笑)、携帯でパソコン画面を撮った画像です。


c0189426_17035318.jpg

c0189426_19512434.jpg
c0189426_19231178.jpg

(ここから、私が泉校区で過ごした頃の保育園、小学校、中学校時代、そして、豊橋南高校、早稲田大学へ進んだ頃の写真をそれぞれ紹介しましたが、友達に許可を得てないので、ブログに記録するのは控えます。昭和の懐かしの「ブルマ姿」(女子の遠景)もありましたので(笑))


c0189426_17040271.jpg

c0189426_17042153.jpg

c0189426_17042960.jpg
c0189426_17050405.jpg


c0189426_19245977.jpg

(意識的に方言を使って書いた初めての作品)

c0189426_17043950.jpg


中学時代の自分と執筆時の自分を交錯させるような部分。

c0189426_17045175.jpg

c0189426_19232781.jpg

c0189426_19234288.jpg
c0189426_19235493.jpg
c0189426_19244471.jpg
c0189426_19241518.jpg
c0189426_19243058.jpg


こちらは再度、撮っていただいた写真より・・・
(中学時代、陸上に燃えていた頃の写真や、少年の主張で代表に選ばれ、「問題児だった自分をこうして更生しました」みたいな内容を発表している写真など)


c0189426_21550474.jpg

c0189426_21572139.jpg

c0189426_21570821.jpg


こんなに真剣にみなさん聴いてくださいました。

c0189426_10340524.jpg

これは最初の場面
c0189426_17082668.jpg

駆け足でのお話だったけれど、生徒さんたちが本当に本当にしっかりとこちらを向いて聴いてくださっているのがわかり、とても感動しました。

【私自身、みんなと同じ頃は、泉や渥美半島が好きじゃなく、狭い田舎から飛び出したいとばかり思っていた。でも、東京に出たおかげで、ふるさとの良さに気づいた。ふるさとを持てることだけでも幸せだとわかった。
中学の頃の私は、自分が将来小説を書くなんて思っていなかったし、この場で講演するとも思っていなかった。私自身、いくつかの例の通り、第一希望が叶うこれまでではなかった。小説だって病気をネタにした。マイナスのできごとに出会った時に、どうプラスに変えるかが大事。
自分の限界を決めずに、いっぱいいろいろチャレンジしていってほしい。好きなことを見つけて、がんばった先に何かが見えるけど、がんばり過ぎないでね。健康第一に、一度きりの人生を楽しく歩みましょう!】

みたいなことがお伝えしたかったです。


帰り際の玄関で・・・校長先生と教頭先生と。
お二人とも陸上の経験者で、ご縁を感じました。

c0189426_21585312.jpg

校長先生も出世のお早い優秀な方ですが、教頭先生もいわゆる「仕事のできる」お方で、私たちが校長室で談笑している間に、講演を撮影した写真のCDロムと、早速教頭先生のお礼と感想を文書にして同封してくださっていました。そのほかに、サプライズ的な過去にお世話になった先生からのお手紙も・・・

帰りの車の中で教頭先生のお手紙に気づいて感動し、読んで、泣きました。
内容を一部抜粋させてもらいます。

<子どもたちが食い入るような目つきで先生のお顔やスライドに見入っているのがわかりました。先生のお話が、うそがなく、自分の感じたこと、考えたことをストレートに、伝えてくださっているのがわかったからだと思いました。>

<人生でピンチに出会ったとき、それをチャンスに変えてきたものは、何か、道徳科や哲学科の授業で子どもたちに考えさせてみたい、まさしく貴重な「教材」となっていたと思います。お話をうかがいながら、1回で完結させてしまうには惜しい内容の濃さだったと思いました。>

(涙)・・・

私の方が、たくさんのものを受けとる機会となったなあ~と、涙を流し、胸いっぱいになりながら家に帰りました。


**********

この日も打ち合わせの日と同様、教頭先生の温かい文字が迎えてくださいました。
(実際には大慌てで、帰りの撮影です)

c0189426_19292224.jpg


私より早く到着してくれていた友達撮影の、朝日を受ける体育館。
ここに、この後、生徒さんたちが椅子を持って入場でした。

c0189426_22010035.jpg
ご準備くださっていたスリッパ。


c0189426_21581537.jpg


みなさまのおかげで、気持ちよく、楽しく講演させていただきました。
ありがとうございました。



************


翌々日には届いた、生徒さん100人分の感想をまとめてくださったファイル。

表表紙

c0189426_20234946.jpg


裏表紙
c0189426_20242377.jpg
この校舎が廃校になり、校章もなくなってしまうんだな、と思うと同時に、卒業生の自分たち以上に、現職の先生方が、泉中学校の残りの日々を、大切に見守ってくださってるんだな、と感じました。

こんなに分厚い感想・・・
校歌が印刷された用紙に、みなさんが、心のこもった感想を書いてくださっていました。

c0189426_16554595.jpg

ひとつひとつ、時間をかけて、ゆっくりと読ませてもらいました。
何度も何度も涙がこぼれました。

このブログを読んでくださってる生徒さんもいるかもしれませんね。
本当にありがとうございました。
学校にお礼のお手紙をいずれ郵送しますね!

私の同級生や先輩後輩のお子さんもいたし、弟の同級生のお子さんとわかる生徒さんもいました。
その子たちが生まれた頃のことを弟から聞いたこともあり、中学生になったその子たちからまさかお手紙をいただくなんて、と、成長をうれしく思いました。

私が生徒会をやっていた頃に校則を変えて、女子の髪の毛が伸びた時は、当時二つにしばらなければならなかったのを、二つでも一つでも良いということにしたので、そのことに講演でも触れたけど、「一つしばりも良くしてくれてありがとうございました」と書いてくれていた女子も複数いました。すごくうれしかった。

「好きなことや夢がわからない」という子も多かったけど、まだまだゆっくり見つけていけば大丈夫です。何か少しでも興味があることを追求するうちに、次の目標、本当にやりたいこと、というのがだんだん見えていくと思います。

「がんばろう!でも、がんばり過ぎなくていいよ!」という言葉に反応してくれた子たちもたくさんいました。
これは、世の中すべての大人や子供に伝えたい言葉です。
みんな、じゅうぶん、がんばってる!
がんばり過ぎず、何よりも、命や健康第一に、楽しく過ごしていけますように。

他にも、いっぱい、文章を抜粋させてもらいたいけれど、感想に優劣はないし、私に宛てて心のうちを素直に書いてくれたことを公開するのも申し訳ないので、私の胸にとどめます。

すべての感想が本当に本当にうれしかったです。ありがとうございました!!


あちこちで講演をさせてもらうようになったけど、母校は特別、格別です。

同じ地域で育つ、それだけでどれほど温かいか・・・

これからも、私にできることは何でもしたいです。

泉中学校の残りの日々が輝かしいものでありますように。

統合後も、よい地域でありますように。

みなさんの幸多き未来を、心から祈っています☆☆☆☆☆



















[PR]
# by hihararara | 2017-11-19 20:38 | ふるさと | Comments(0)

東愛知新聞60周年記念 小泉純一郎講演会




中学校での講演と、小泉元首相の講演会について、どちらも丁寧に書いておきたくて、先に小泉さんのことを・・・
(私の心の中では、泉の講演と小泉の講演と思っているww)

c0189426_12315814.jpg
c0189426_12321033.jpg


今、このブログのために調べてみると、小泉さんが首相だった頃というのは、2001年4月から2006年9月。
私のできごととしては、長男の妊娠がわかった頃から次男が誕生し、兄弟が4歳と2歳、という頃。
そうか~ あの頃か~

当時政府が出していた「小泉内閣メールマガジン」に登録していて、そのタイトルが「ライオンハート」で、小泉さん自身の声(実際に書いていたのは誰かわからなくても、小泉さんの文章として)を定期的に読めるのが新鮮だった。

いろいろと遊び心を感じる首相だったし、離婚していて奥さんはいなかったし(いわゆるファーストレディー不在)、息子は俳優だし、それまでのだいたい地味な総理大臣とは違って華々しい印象で、当時、小泉さんが首相であることはうれしかった。

3.11の前であり、日本は平和だったし、私も政治についての深読みとか、知らずにいた。知らずにいられた。

ブッシュ大統領との会談で、ラルフローレンのシャツを着ていた姿も印象的だった。
初めて、アメリカの大統領に媚びず、余裕を持てる人、という気がした。

ちなみに、こんな感じだったね。ネットより・・・


c0189426_12510935.jpg


ラルフローレンという記憶は正しかったっけ?と思ったので調べたら出てきた、ジョージ・W・ブッシュの回想の記事より抜粋・・・

<2001年6月30日、私はワシントン郊外のメリーランド州にあるキャンプデービッドで小泉純一郎首相と初めて会談した。歴代大統領が週末などを過ごすことで知られるキャンプデービッドに日本の首相を招いたのは、1986年の中曽根康弘首相、92年の宮沢喜一首相に次いで、小泉首相が3人目だった。

大統領山荘前の広場に到着した小泉首相のいでたちは青色のボタンダウンシャツとベージュのコットンパンツ。出迎えた私もモスグリーンのシャツというカジュアルなスタイル。会談場所への移動の手段は私がハンドルを握るゴルフカート。そんなフレンドリーな雰囲気で、我々の初顔合わせは幕を開けた。


キャンプデービッドでの会見で、小泉首相は記者団に「これほど大統領と信頼関係を築けるとは思わなかった」と会談の成果を強調。私も「首相の改革を称賛する」と述べ、当時、小泉内閣が進めていた経済改革路線への支持を表明した。

この記者会見にはちょっとした「演出」も含まれていた。会談前日、私はキャンプデービッドのマーク入りの革製ジャンパーとサイン入りの野球ボールを小泉首相に贈った。木立に囲まれた路上の会見場で、首相はそのジャンパーを片手に持ちながら私にボールをトスして見せたのである。

私が野球好きであることを知った上での彼自身のアイデアだと後で知った。日本に野球ファンが多いことも計算に入れてのことだったのだろう。そうしたセンスとスマートさにもとても感心した。

小泉首相は自分の言った言葉を守る男だ。そして自らの国を愛している。ユーモアのセンスもある。このセンスを持っている人間は自分に対しても健全な自信を持っている。それは指導者にとって、とても重要なことだと私は思っている。小泉首相は思慮深く、歴史もよく勉強していた。何か特定の案件について、彼は歴史的文脈に置いた上で、その位置づけを考える能力にもたけていた。>


そして、ファッションについても・・・

<日本で印象深いのは、総理大臣(当時)・小泉純一郎氏が、ブッシュ大統領とキャンプデービッドで、報道陣の前でキャッチボールをした映像だ。このとき小泉総理はポロラルフローレンのダンガリーのシャツを着ていた。支持率の非常に高かった時でもあったせいか、このシャツは瞬く間に日本のポロショップの店頭から消えてしまったという。>


昨日の講演に関する話以前のことですでに長いけど、私はブッシュ元大統領が書いたこの部分・・・

【小泉首相は自分の言った言葉を守る男だ。そして自らの国を愛している。ユーモアのセンスもある。このセンスを持っている人間は自分に対しても健全な自信を持っている。それは指導者にとって、とても重要なことだと私は思っている。小泉首相は思慮深く、歴史もよく勉強していた。何か特定の案件について、彼は歴史的文脈に置いた上で、その位置づけを考える能力にもたけていた。】

これ、実際の講演で感じた小泉さんの印象にあてはまると思う。


講演を振り返って一言にまとめるとすれば、「おもしろかった!!」

「おもしろい」というのは、その人の魅力を決めたり、大勢の人を引っ張る重要な要素だと改めて思った。

今回私は、小泉さんの反原発が本気かどうか見極めたかったのと、自分自身に講演が増えてきたので、「講演がずば抜けてうまい!」という小泉さんの話(できればいつか進次郎氏も)を生でお聴きしたかった。

最初に登場した時、髪の毛はすっかり白髪(はくはつ)で、誰もが年をとる、という事実を感じた。

上記の青いシャツの小泉さん(銀髪時代)を思い出しながら、目の前の小泉さんを見続けた。

そうそう、前から3列目、この位置だったんです!


c0189426_16244214.jpg


小さめの声で始まった講演でしたが(それでも威厳たっぷり)、途中から、小泉さんもノってくれたのか、声の張りが良くなり、笑いもたっぷりで、大満足の80分強でした。
1000席のホールが満席で、立ち見もありでした。

まず、話し方について・・・

間を恐れない。短文、簡潔。

本当の話、真面目な話を語っているのだけど、世の中の状況がひどいから、悲劇が喜劇に聴こえてしまう。

真面目な話、天然な反応で会場から笑いが起こる。

原発事故の話などは本当は笑っていられない話だけど、ひど過ぎて笑いとなってしまうような状況。

とにかく、小泉さんはマイペースで終始凛としていた。 

首相時代から感じていたけど、孤高、天然の人だと再確認した。


続いて反原発について・・・

小泉さんが反原発を唱え出した頃は、安倍政権とのバランスを取るためのカムフラージュなのかな?と思っていた。

ところが、生の話を聴いたら、小泉さんは本気だと思った。

そもそも、今回の講演において、それぞれがガチで反原発の活動をしている、城南信用金庫の元理事長(現在は、原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟会長)の吉原さんや、同連盟幹事で前湖西市長の三上さんと組んでいる時点で、本物だと思う。

小泉さんは、何度か、「原発は、絶対ダメ!」と口にした。

その理由はいくつかあるけれど、
例えば、核廃棄物の置き場がない ということ。

映画にもなった、フィンランドの核廃棄物最終処分場・オンカロの視察が決定的に彼を反原発に駆り立てた様子。

その映画のタイトルは『10万年後の安全』といい、3.11後に話題になったので私も知っていた。

つまり、核廃棄物が安全になるためには、10万年という年月が必要で、それは途方もない未来・・・

その途方もなさがどのくらいかと言えば、「ここは開けてはダメですよ!」という表示を、何語で書いたらいいのか?と迷ってしまうほど。

現在西暦2017年。

日本の例でも、万葉集の時代から文字は変化しているわけで・・・
千年でさえ変化するものを、千年万年、10万年???一体その頃どうなっているのか?

その他、原発は海水を取り込んで冷却する必要があり、日本の原発もすべて海辺にあるが、水温上昇のために生態系が変わってしまう。海水中のプランクトンや小さい魚を吸い上げてしまうため、それらを溶かすための薬剤が必要となり、海洋汚染にもつながる。

おおむね安全とは言っても、いったんとんでもない事故が起こったら取り返しがつかない。

首相時代は、安全安全という推進派の方々の言うことを信じてしまっていたそう。

その頃の反省もあって、本を読んだり勉強を重ね、余生を反対活動に使っている様子だった。


小泉首相に先立ってお話した、上記吉原さんのお話もとても良かった。

とても頭のいい人で、クリアな視点での現実を歯切れよくお話しくださった。

例えば、3.11の原発事故により、汚染されたのは福島だけではなく、宮城や東京、神奈川もひどかったと。当時からそうだけど、関東の汚染についてはなかなか本当のことが語られず、土壌調査の数値などを私は知っていたけれど、今回のように、政府に近い人(現在の立ち位置はわからないにしても)を目の前にして事実が語られるというのは、私には新鮮に感じられた。

吉原さんの話の内容から推測するに、信用金庫としての職務を果たそうとする中で、土壌の汚染、作物の汚染、商品の汚染に困る人たちに実際にたくさん出会ったのだと思う。

そんな背景から、原発はダメだ、と実感した様子。

前湖西市長の三上さんの反原発の活動は、3.11以前からのものだそうで、私も彼の存在は知っていた(帰りにお話することができた)。

ちなみに、小泉さん、吉原さん、三上さんの3人は、慶応大学の経済学部出身という共通点があるとのこと。

私は、日本を守ろうとする「男たちの本気」を見せてもらえたことに感動した。


小泉さんの話は、冒頭で少し消費増税に関する考察、8割は反原発、残りは生き方について、という感じだった。

その中で驚いたのは、小泉さんが厚生大臣だった平成元年は100歳以上の人口が約3000人だったのに、今ではなんと6万7千人!とのこと。

1973年(私が生まれた年)のオイルショックの時に、高騰を恐れてトイレットペーパーと洗剤が爆発的に売れた時のことを振り返り、「日本人は清潔好きだ」と。
そのために、長寿になったのではないか、との分析。

さすが大臣経験者、首相経験者の見識は深く、資料と体験に基づいていると思った。

途中からは、笑いも増えて、私の前列のおばちゃんたち(お年を召したお嬢さんたち)の反応がとってもよく、綾小路きみまろの独演会にいるような気になった(笑)


再度、冒頭のブッシュ大統領の言葉を引用すると、、

<ユーモアのセンスもある。このセンスを持っている人間は自分に対しても健全な自信を持っている。それは指導者にとって、とても重要なことだと私は思っている。>

やはり全くこの通り。ユーモアの人、センスの人だった。

また、日本が乗り越えてきた道のりについて、明治頃から世界大戦を例に出し、わかりやすく語った。この辺りも、、

<小泉首相は思慮深く、歴史もよく勉強していた。何か特定の案件について、彼は歴史的文脈に置いた上で、その位置づけを考える能力にもたけていた。>

全くこの通りで、だいぶ前の記事だけど、ブッシュの見解にもその通り!と思ったりした。

とにかく、本物の力はすごい。

政治や政治家に関しては憶測でものを言ってはいけないと前から思っている。

実物の生の声を聴けて、本当に良かったです。


**********


ところで、今回の講演の前には、東愛知新聞の表彰式があり、陸上長距離の鈴木亜由子ちゃんも表彰されました。

徳之島での合宿中のためお父さんが代理で出席されていて、会が始まる前に、お父さんとお話しできてよかったです。

壇上のお父さんのスピーチでは、お父さんの誠実で温かいお人柄、また、亜由子ちゃんからのメールを紹介する場面でも、亜由子ちゃんの謙虚さが伝わってきて、ほのぼのと良い時間でした。


帰りには多方面の知り合いに大勢会いました。

社長にもお会いできたので、講演の感想と、伯父が創設した東愛知新聞の今後に対し、「お金は出せないけど、知恵はいくらでも出します」と伝えてきた。

紙媒体が難しい今、あとを継いだ伯父の息子(私のいとこ)が不祥事を起こしたのちの新聞社を守っていてくれてありがとうございます、という気持ちです。

社員さんみなさまにも、ありがとうございます、ありがとうございます、と思いながらご挨拶し、帰ってきました。


私は執筆を中心としつつも、講演やら、少し先にはあるモデルハウスのイベントプロデュースを頼まれていて、地域において、自分が一層おもしろい関わりを持っている、持っていくように感じる。

私も40代半ば。

小泉さんの人生のステージとは違うけれど、これまでの人生から得た経験や人脈、流れからの今後があるわけで・・・

世のために動きたい、という気持ちは私も同じなので、できることをがんばりたいと思う。


















[PR]
# by hihararara | 2017-11-15 20:24 | for Japan | Comments(0)

記事予告(笑)


11月13日に、母校の田原市立泉中学校で講演しました。

感動の時間でした(話をさせてもらえた私がいちばんw)。

11月14日は、亡き伯父が創設した東愛知新聞の60周年記念で、小泉元首相の講演会に参加しました。

これも素晴らしかった。

というわけで、ビッグイベントが二つ続き、その分あれこれ雑務もたまっており、またじっくり書かせてもらいます。








[PR]
# by hihararara | 2017-11-14 20:50 | お知らせ | Comments(0)

青春の音楽(笑)


c0189426_20432733.jpg
餃子作りながら、昔の王道🎵(笑)

*同年代からのコメント多数でした。





[PR]
# by hihararara | 2017-11-09 20:44 | 音楽 | Comments(0)

自己肯定感の講座いろいろ


c0189426_08293925.jpg

おはようございます。
ご好評をいただき、ちゃいるーかでの2回目の講座です(内容は9月と同じです)。温かい場所で、温かいスタッフに囲まれ、講座後にみんなで温かいご飯も
よろしくお願いします!(*ブログの読者さんで興味のある方は、コメント欄にお願いします)

今日も新しい打ち合わせですが、いろいろ重なってきたので、整理させてもらいます。...
自己肯定感の講座に関しては、以下の予定が決まっています。


①明日のcotobatoさん(以前お知らせしましたが、クローズドでの講座になります)♡


②11月25日(土)、一期家一笑にて、お弁当&お土産付き2000円、ふだんはパワーポイント(スライド)を使いますが、トークメインで質問や交流など(詳細は過去記事をご覧ください)♡


③12月のちゃいるーか♡


④1月21日(日)南陽地区市民館にて、市主催の講座(無料ですが、抽選になります)♡ 広報豊橋12月号にてお知らせ。


と続きます。

どれもベースは同じですが、その場に応じて内容をアレンジして変えています。

私のこの講座にかける真面目な思いを、たまたま昨夜、座間宮ガレイさん(放送作家で選挙の活動をしている)とのやりとりで書いたので、興味を持っていただける方、コメント欄にコピペするので、長いけど読んでください(^^) 


*********

☆ガレイさんの質問に答える形のコメントです。
Q:自己肯定感の講座のために、どのように学ばれましたか?
(自己肯定感は重要キーワードであることと、今後海外の教育を研究したいそうで・・・)


********

メッセージで、とも思いましたが、ガレイさんが公開でコメントくれてるので、公開でご返事させてもらいます(笑)

要望をいただいて始めた講座で、後追いで様々な本を読んだり資料を集めたりはしたけど、始まりは自分自身の体験(自分の育ち方と自分の子育て)と大勢の方々の悩み相談に乗る中で導かれた真理みたいなものをお伝えするオリジナルの講座です。
(元々小説を書いているので、情報収集や分析が得意で、そこからオリジナルをつくり出すのが好きです)

私は田舎で優等生も問題児も振り幅大きくやって育ち、教育や教育システムみたいなものにずっと疑問を持って過ごしました。
ガレイさんと同じ早稲田大学に進学したけど、一般入試の勉強もしつつ、受験や社会への反発心もあって自己推薦入試を経て入りました。
ガレイさんの頃はどうだったかわからないけど(中退も存じてます)、私たちが就職活動をした頃は、バブル崩壊後の就職超氷河期と言われた頃で、大学1年の時の4年生は売り手市場だったのに、ガラガラと崩れていくのを目の当たりにして、親はリストラ子は就職難、みたいな時でした。
企業や銀行の破綻も相次ぎました。

大卒や大企業がいいわけじゃない、って実感として思ったし、いわゆるエリートと呼ばれるような学歴や肩書を持っていても、自己肯定感が低くて幸せそうじゃない人たちもたくさん見てきました。
降り幅広く出会ったたくさんの友達を見渡すと、学歴や職業や経済状況等とは関わりなく、幸せに生きている人たちもいっぱいいるわけで・・・

様々な年代の男女の悩み事を聴いていると、自己肯定感の低い人は現況が一般的に恵まれていても悩みがちで、ひもといていくと、親の育て方(親の理想を強いるような育て方や、子供を否定するような育て方)によって、本来の自分とは違う生き方をしていると、そうなる傾向が強いです。
そんないろいろから、結局のところ、人が幸せに生きるために大切なのは、その人の軸になるもの(外側からではなく内側から満たされるもの)や、その人自身が適切に満足感や肯定感、自信を持って生きることだと感じるようになりました。

世の中が混沌としてるから(国も会社も守ってくれないから)、これからを生きていく子供たちはますます自分を大切にしてほしいし、教育や社会に流されず、自分で自分の考えを持ってほしいと思って、親世代や高校生や中学生にも伝えています。

たぶん、ガレイさんのやってることと重なっていくと思うけど、政治や教育に疑問を感じているので、自分で考える人、自分で幸せを感じられる人を増やさなくちゃと思い、こういう活動をやってるんだと思います。
と、こんなところで、別件のメッセージしますね~(^_-)-☆











[PR]
# by hihararara | 2017-11-08 08:31 | 講座 | Comments(0)